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女子高生とのドライブ

作者: XI

*****


 湾岸地区、倉庫街。

 それが俺の今夜の「現場」であるわけだが。


「助けて! 助けてぇっ!!」


 ほとんど灯りなどない空間にそんな声が――女の声が――子どもの女のものであろう声が響き渡った。


 俺は舌打ちした。

 子どもがいる?

 そんな話は聞いていなかったぞ。

 しかし、想定外の事象というものはまま発生するものだ。


 だから駆けた。

 人一倍大きな身体を揺らして、俺は――。



*****


 空恐ろしいことに出くわしたのは、見るからに中学生か少女高生だった。黒と茶色のチェックのスカートを穿いていて――見たところ、無傷だ。


「助けて!!」


 少女は正面から抱きついてきた――少女の向こうに拳銃を構えている男ら二人を視認。


「どいていろ」


 俺は少女をすぐさま自らの身体の後ろに隠し、応戦した。二発ともうまいこと命中させることはできたのだが、うち一人は起き上がろうとしている。俺は駆け出す、とどめを刺すために。「いやあぁっ! 離れないでぇぇっ!!」という少女の甲高い悲鳴が聞こえた。戻るわけにはいかない。まずは敵を始末しなければならない。


 ――始末した。


 足早に少女のもとへと戻る。少女はへたりこんで、わんわん泣いていた。


「えーん、えーん! 怖かったよぅ、怖かったよぅぅぅぅっ!」


 なにが怖かったのかは車の中で訊くことにした。道中、少女は俺の身体にしがみついたまま歩いた。まったく、俺が怖くて悪いおじさんだったらどうするつもりなんだ。――まあ「そのへんの気持ち」というのは、わからなくもないが。



*****


 右ハンドルのハマーだ。助手席に乗せてやると――乗せてやっても、少女は泣きやまない。困ったものだと思い頭を掻いた。するとようやく少女はこちらを向いて、口を開いて――。


「おじさんは私を助けてくれたんだよね? そうなんだよね?」


 慌てたような口調だった。

 すがるような口振りだった。


「助けたんだろうな、たぶん」

「ほんとうに? ほんとうだよね?」

「疑うようなら逃げればいい。誰も追ったりしない」

「逃げれば、いいの……?」

「ああ」

「あんなに怖い連中がうろついてるかもしれないのに、私を外に放り出すの?」

「そうは言っていない。いたいならいつまでもここにいたって――」

「だったら最初からそう言ってよ、馬鹿!!」


 俺は吐息をつき、「なにがあったんだ?」と訊ねた。


「レイプ……されそうになったの……」

「だろうな」

「えっ、わかるの?」

「奴さん、正確には奴さん方だな。連続的にやっていた」

「だからって、簡単に殺してもいいの……?」

「上の判断だ。上がそう判断した。これ以上、話すつもりはないぞ」


 それなりに気分の悪い事案だった。

 犠牲になった女性らのことを思うとやりきれない。

 ――いや。一人を救えただけでも、良しとするべきか。


「家は? 問題なく送迎してやる」


 少女はまたぐずりだし、それから目元はおろか顔すら両手で覆った。


「こんなぐずぐずの顔で帰れって言うの? こんなに怖い気持ちを抱いたまま両親に会えって言うの? そんなの馬鹿馬鹿の馬鹿じゃん……」


 俺自身、「馬鹿馬鹿の馬鹿」は初めて聞く言葉だが、親に心配をかけたくないということだけはわかる。優しいというか、まともな少女――子どもらしい。


「話し相手になってやる」

「えっ」

「これからしばらく高速を流すから、そのあいだに気持ちを整理しろ」

「いいの?」

「これもなにかの縁だ」


 少女は右手の甲で乱暴に涙を拭い、「おじさん、名前は?」と訊きつつ、にこっと笑った。


「○○○だ」

「それって名字じゃん。名前は?」

「内緒だ」

「日本語上手だね。金髪なのに」

「じつは染めているのかもしれないぞ」

「変なおじさーん」


 良かった。

 どうあれ笑ってもらえた。



*****


 シートベルトをしたがらないので、きちっと締めるように促した。シートベルトをしようともしない。そういう「軽い男」、あるいは「意識の低い遊び人」の車にばかり乗っていたのではないのか――というのは邪推だろうか。


 高速を流している。


「たぶん私、極度の寂しがり屋なんだ」

「だからって、男に抱かれることを良しとするのか?」

「失礼なこと言わないでよ。今日が、今日が……初めてのはずだったんだから……」

「だがおまえは失敗した。自業自得というやつだ」


 少女はしくしく泣きだした。


「ひどいこと言わないでよぅ。ほんとうに怖かったんだからぁ……」


 俺は気まずい思いに駆られた。

 それはそうだ。

 怖くなかったはずがない。


「なあ」

「なあに?」

「おまえの名前は訊かせてもらっていなかったと思ってな」

「アカネだよ。アカネ」

「いい名前だ」心底そう思った。「ご両親に感謝することだな」


 俺は前を向いて運転にある意味没頭している。

 アカネの顔はもう見ないようにしている。


「ねぇ、○○○さん」

「なんだ?」

「車、もう少し、走らせてもらってもいい?」

「ああ。かまわない」


 即答してしまうあたりが、俺の面倒な性格と言える。



*****


 アカネからいろいろと聞かされた。学校での悩みも、友人との悩みも、そして性の悩みも。


「ねぇ、○○○さんはどう思う?」

「どの悩みについてだ?」

「特に性の悩みについて」


 俺は口の端を持ち上げ、笑みをこしらえた。


「焦ることはない。アカネの場合、すぐにいい男が見つかるだろうしな」

「どうしてそんなふうに言えるの?」

「アカネがかわいらしいからだ」


 するとアカネは「ひゃあぁっ」と声を上げた。

 ちらりと見ると顔を両手で覆っている。


「私ってかわいいの?」

「だから襲われたんだと思うが?」

「じゃあ、今回の件は美少女の宿命ってこと?」

「宿命とは言わんさ。おまえは運がなかったんだろう」

「おじさん……優しいね」

「おじさんだからな」


 アカネは「意味わかんない」と言って笑った。

 俺は「それでも俺はおじさんなんだよ」と笑った。


「家に向かおう」

「うん。お願いします。あっ、ちなみに」

「なんだ?」

「いま、おじさんに乱暴されたら逃げ場、ないよね?」

「馬鹿はよせ」

「女子高生っていう記号はそれなりに威力があると思うんだけど?」

「俺に対しては無力だ」

「おじさん、ほんとカッコいいね」

「だから、俺はおじさんだからな」



*****


 アカネの家に着。


「時間が時間だからなぁ。怒られちゃうなぁ」

「なんだったら、俺が謝ろう」

「いいよ、そんなの。○○○さんは私の想像もつかないような秘密組織のニンゲンなんでしょ?」


 間違っていない。

 まったく、勘のいい少女だ。


「ねぇ、○○○さん、最後にね?」

「なんだ?」

「ちゅーしてよ」

「ダメだ」

「えー、どうしてぇ?」

「そういうのはほんとうにたいせつな男にだけするものだ」

「文句言うようだったら私からしてあげる」

「なっ」


 いきなりアカネが膝の上に馬乗りになった。

 それは唇にかすかに触れただけなのだが――確かにキスだった。


「じゃあね!」


 身軽に身体を動かして、アカネは助手席から出て行った。アプローチを抜けた玄関先で一度振り返り、手を振ってみせた。妙な少女だった。奔放さは買ってやるべきか……。


 思えば亡くした妻と交わした以来、口づけは初めてだった。悪い感触ではなかったが――それだけだ。


 苦笑交じりに黒いハマーを、俺は出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待通りのオチ。 [気になる点] 冗長な部分。 [一言] また読みたくなる作品でした。
[一言] なんと言えばいいのかわかりませんが、嬉しさもあり、何処か虚しさもある話でした。ただ、色んな感情が二人の間にあることは凄く伝わりました。
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