女子高生とのドライブ
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湾岸地区、倉庫街。
それが俺の今夜の「現場」であるわけだが。
「助けて! 助けてぇっ!!」
ほとんど灯りなどない空間にそんな声が――女の声が――子どもの女のものであろう声が響き渡った。
俺は舌打ちした。
子どもがいる?
そんな話は聞いていなかったぞ。
しかし、想定外の事象というものはまま発生するものだ。
だから駆けた。
人一倍大きな身体を揺らして、俺は――。
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空恐ろしいことに出くわしたのは、見るからに中学生か少女高生だった。黒と茶色のチェックのスカートを穿いていて――見たところ、無傷だ。
「助けて!!」
少女は正面から抱きついてきた――少女の向こうに拳銃を構えている男ら二人を視認。
「どいていろ」
俺は少女をすぐさま自らの身体の後ろに隠し、応戦した。二発ともうまいこと命中させることはできたのだが、うち一人は起き上がろうとしている。俺は駆け出す、とどめを刺すために。「いやあぁっ! 離れないでぇぇっ!!」という少女の甲高い悲鳴が聞こえた。戻るわけにはいかない。まずは敵を始末しなければならない。
――始末した。
足早に少女のもとへと戻る。少女はへたりこんで、わんわん泣いていた。
「えーん、えーん! 怖かったよぅ、怖かったよぅぅぅぅっ!」
なにが怖かったのかは車の中で訊くことにした。道中、少女は俺の身体にしがみついたまま歩いた。まったく、俺が怖くて悪いおじさんだったらどうするつもりなんだ。――まあ「そのへんの気持ち」というのは、わからなくもないが。
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右ハンドルのハマーだ。助手席に乗せてやると――乗せてやっても、少女は泣きやまない。困ったものだと思い頭を掻いた。するとようやく少女はこちらを向いて、口を開いて――。
「おじさんは私を助けてくれたんだよね? そうなんだよね?」
慌てたような口調だった。
すがるような口振りだった。
「助けたんだろうな、たぶん」
「ほんとうに? ほんとうだよね?」
「疑うようなら逃げればいい。誰も追ったりしない」
「逃げれば、いいの……?」
「ああ」
「あんなに怖い連中がうろついてるかもしれないのに、私を外に放り出すの?」
「そうは言っていない。いたいならいつまでもここにいたって――」
「だったら最初からそう言ってよ、馬鹿!!」
俺は吐息をつき、「なにがあったんだ?」と訊ねた。
「レイプ……されそうになったの……」
「だろうな」
「えっ、わかるの?」
「奴さん、正確には奴さん方だな。連続的にやっていた」
「だからって、簡単に殺してもいいの……?」
「上の判断だ。上がそう判断した。これ以上、話すつもりはないぞ」
それなりに気分の悪い事案だった。
犠牲になった女性らのことを思うとやりきれない。
――いや。一人を救えただけでも、良しとするべきか。
「家は? 問題なく送迎してやる」
少女はまたぐずりだし、それから目元はおろか顔すら両手で覆った。
「こんなぐずぐずの顔で帰れって言うの? こんなに怖い気持ちを抱いたまま両親に会えって言うの? そんなの馬鹿馬鹿の馬鹿じゃん……」
俺自身、「馬鹿馬鹿の馬鹿」は初めて聞く言葉だが、親に心配をかけたくないということだけはわかる。優しいというか、まともな少女――子どもらしい。
「話し相手になってやる」
「えっ」
「これからしばらく高速を流すから、そのあいだに気持ちを整理しろ」
「いいの?」
「これもなにかの縁だ」
少女は右手の甲で乱暴に涙を拭い、「おじさん、名前は?」と訊きつつ、にこっと笑った。
「○○○だ」
「それって名字じゃん。名前は?」
「内緒だ」
「日本語上手だね。金髪なのに」
「じつは染めているのかもしれないぞ」
「変なおじさーん」
良かった。
どうあれ笑ってもらえた。
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シートベルトをしたがらないので、きちっと締めるように促した。シートベルトをしようともしない。そういう「軽い男」、あるいは「意識の低い遊び人」の車にばかり乗っていたのではないのか――というのは邪推だろうか。
高速を流している。
「たぶん私、極度の寂しがり屋なんだ」
「だからって、男に抱かれることを良しとするのか?」
「失礼なこと言わないでよ。今日が、今日が……初めてのはずだったんだから……」
「だがおまえは失敗した。自業自得というやつだ」
少女はしくしく泣きだした。
「ひどいこと言わないでよぅ。ほんとうに怖かったんだからぁ……」
俺は気まずい思いに駆られた。
それはそうだ。
怖くなかったはずがない。
「なあ」
「なあに?」
「おまえの名前は訊かせてもらっていなかったと思ってな」
「アカネだよ。アカネ」
「いい名前だ」心底そう思った。「ご両親に感謝することだな」
俺は前を向いて運転にある意味没頭している。
アカネの顔はもう見ないようにしている。
「ねぇ、○○○さん」
「なんだ?」
「車、もう少し、走らせてもらってもいい?」
「ああ。かまわない」
即答してしまうあたりが、俺の面倒な性格と言える。
*****
アカネからいろいろと聞かされた。学校での悩みも、友人との悩みも、そして性の悩みも。
「ねぇ、○○○さんはどう思う?」
「どの悩みについてだ?」
「特に性の悩みについて」
俺は口の端を持ち上げ、笑みをこしらえた。
「焦ることはない。アカネの場合、すぐにいい男が見つかるだろうしな」
「どうしてそんなふうに言えるの?」
「アカネがかわいらしいからだ」
するとアカネは「ひゃあぁっ」と声を上げた。
ちらりと見ると顔を両手で覆っている。
「私ってかわいいの?」
「だから襲われたんだと思うが?」
「じゃあ、今回の件は美少女の宿命ってこと?」
「宿命とは言わんさ。おまえは運がなかったんだろう」
「おじさん……優しいね」
「おじさんだからな」
アカネは「意味わかんない」と言って笑った。
俺は「それでも俺はおじさんなんだよ」と笑った。
「家に向かおう」
「うん。お願いします。あっ、ちなみに」
「なんだ?」
「いま、おじさんに乱暴されたら逃げ場、ないよね?」
「馬鹿はよせ」
「女子高生っていう記号はそれなりに威力があると思うんだけど?」
「俺に対しては無力だ」
「おじさん、ほんとカッコいいね」
「だから、俺はおじさんだからな」
*****
アカネの家に着。
「時間が時間だからなぁ。怒られちゃうなぁ」
「なんだったら、俺が謝ろう」
「いいよ、そんなの。○○○さんは私の想像もつかないような秘密組織のニンゲンなんでしょ?」
間違っていない。
まったく、勘のいい少女だ。
「ねぇ、○○○さん、最後にね?」
「なんだ?」
「ちゅーしてよ」
「ダメだ」
「えー、どうしてぇ?」
「そういうのはほんとうにたいせつな男にだけするものだ」
「文句言うようだったら私からしてあげる」
「なっ」
いきなりアカネが膝の上に馬乗りになった。
それは唇にかすかに触れただけなのだが――確かにキスだった。
「じゃあね!」
身軽に身体を動かして、アカネは助手席から出て行った。アプローチを抜けた玄関先で一度振り返り、手を振ってみせた。妙な少女だった。奔放さは買ってやるべきか……。
思えば亡くした妻と交わした以来、口づけは初めてだった。悪い感触ではなかったが――それだけだ。
苦笑交じりに黒いハマーを、俺は出した。




