ミニ小説 赤いトマト君
赤いトマト君は、トマトに顔がついた、握り拳くらいの大きさの置物です。
たぶんゴム製で、触り心地はぐにゃぐにゃぷにゅぷにゅしており、困って口をとんがらせているような表情をした顔が彫られています。
赤いトマト君は、オキヌちゃんという女の子がお店で大変気に入ってママにおねだりして買ってもらった商品で、オキヌちゃんちの飾り棚に頭に枯葉を乗せられて飾られるようになりました。
同じ家にはオキヌちゃんと双子の、オキヨちゃんという男の子も住んでいました。
赤いトマト君はその容姿からか抜群に奇妙な存在感を放っており、オキヌちゃんとオキヨちゃんちに遊びに来るお友達は皆が皆、開口一番
「これは、何?」
と質問するくらいでした。
そんな時、オキヌちゃんは、
「これはこうやってニギニギするためのものなのよ!」
と、赤いトマト君を得意気にニギニギしてみせ、さらにそのお友達にもニギニギしてごらん!と半ば強要するのですが、お友達の方は、赤いトマト君が放つ異様な雰囲気に呑まれて、
(オキヌちゃんって、ちょっと変わった趣味してるなぁ〜)
と、皆、やや深妙な面持ちになり、中には触るのをちょっと躊躇うお友達もいました。
触りたくない訳ではないのですが、とにかくそのくらい、赤いトマト君は皆の目に異様に映っていたのです。
おとぼけオキヌちゃんはそういう時、そんなに遠慮しなくても、どんどんニギニギしたらいいのに…と思っていましたが、思慮深いオキヨちゃんの方は、そんなオキヌちゃんの勘違いを理解していて、まぁいいんじゃない、と黙って見守っていたものでした。
ところで当の赤いトマト君は志高き物体で、日頃から、自分はただの置物だけど、それでも何か世のため人のために生きることが出来ないだろうか?と考えていました。
「自分も誰かの役に立つようなことがしたいな〜。」
ある日、赤いトマト君はため息混じりにそう呟きました。
それを聞いた赤いトマト君の隣に置かれている人形のサリーちゃんは、クスッと笑ってこう言いました。
「トマト君は、自分のことが分かっていないのね。あなたは十分に役に立っていると思うけど?」
赤いトマト君はキョトンとして、
「ボクが?役に立っている??」
と、不思議そうに言いました。
サリーちゃんは、こう続けました。
「そうね。たしかにあなたには自分がニギニギされてるから見えないだろうけれど、オキヌちゃんがいつもお友達の前で、どんなに得意気な顔をしてあなたのことをニギニギしているか、見せてあげたいわ。」
「そうなんだ。でもさ、なんでそんなに得意気なんだろう?」
「それはね、オキヌちゃんが、お友達に自慢したいほどにあなたのことが大好きだから。オキヌちゃんは、あなたにいつもここに居て欲しいのよ。あなたがここに居ることは、立派にオキヌちゃんのためになっているのよ。」
サリーちゃんから話を聞いた赤いトマト君は、自分の存在価値を見出してなんだか誇らしげな気持ちになり、これからは自信を持ってオキヌちゃんやそのお友達にニギニギされようと思いました。
それから徐々に時は過ぎ、たくさんの人にニギニギされたことで少しずつボロボロになっていっても、赤いトマト君のそんな誇らしい気持ちは決して変わることはなく、むしろそんな自分の姿を勲章のように感じながら歳を重ねていきました。