告白
2024年 2月15日 土曜日
───それじゃあ、カメラに向かって何か話しかけてもらえる?
「はい、わかりました。えー僕の名前は喉屋達己です。人をたくさん殺しちゃったのがバレちゃって、今は刑務所にいます。全国のお巡りさんが、僕みたいな人間を研究する際の資料として、死刑が執行されるまでの間、定期的にインタビューをすることになったそうです。カメラに向かって喋るのは恥ずかしいけど、でも、インタビューが終わった後は美味しいお菓子をくれるって先生から聞いたんで、自分なりに頑張ってみます。
今日から、よろしくお願いします!」
───もう大丈夫よ。それでは次回から、本格的にインタビューを開始しますね。
2024年 3月4日 水曜日
───あなたの幼少期の頃の思い出を教えてくれる?
「はい、幼少期の頃の思い出、ですか… 実はあまり小さいときの記憶がなくて。僕は両親共にいたし、なんなら兄弟もいたけど、ほとんど一緒に何かをした覚えがないんですよね。かといって小学校低学年の頃は、友達もいなかったし。夏休みも、今みたいにスマートフォンもゲーム機もないから、ずっと家でぼーっとしながら過ごしてました。
お父さんは家にいないかいても怒ってばっかだったし、お母さんもお父さんがそんなだからいつも疲れていて。そんな状況で、『遊んでほしい』なんて言えなかったし…
ただ、強烈に覚えていることが一つだけあります。というか、これはいまでもそうなんですけど、夏の日照時間が長いときの、夕方が異常に怖いんです。窓の外が赤ともオレンジともつかない色になって、その光がレース越しに差し込んでくるんです。あれを見るとなんだか、一日の終わりってだけじゃなくて、それ以外のもっと大事なものまで終わるっていうか、消えてなくなりそうな気がするんです。あの時間が僕を連れ去ろうとしているのが怖くて怖くて… それを感じるようになったのは、間違いなく小学校低学年の頃だったと思います。」
───じゃあ、例えば幼少期の頃に戻れたら、こうしたいとかはあるの?
「そうですね… 友達も欲しいけど、やっぱりお母さんとか、弟ともっとお話ししたかったなあ。今はもう叶わない夢だってのも、あるかもしれないですけど。
本当に家族といる思い出がなかったし、旅行だなんてもちろんそんな思い出もありません。あったにしたって、どうせお父さんがまたどこかのタイミングで怒鳴って、空気が悪くなるんだろうな、今すぐ抜け出したくなるんだろうなって、それだけですよ。
そう、どうせ僕が実際に血のつながったあいつらに家族の繋がりを求めたところで、そんなものはありゃしなかったんですよ。だから僕はむしろ外に目を向けて───」
───ストップ。今日のところはここまで。辛いことを聞いたわね。あなた、なんとなく顔に出てるわよ。
「はは、そうでしたか。でも、先生がこんなに僕を気遣ってくれるなんて、嬉しいなあ…」
2024年 4月10日 金曜日
───今日のテーマは、ええと… そうだった、今日はあなたの中高生時代の話をしましょうか。
「うーん… 中高生の時の記憶は、流石に幼少期の頃よりはあるんですけど、でもそれっていわば、敗北の歴史なんですよね。己の物理的な醜さと、青少年の残酷な恋愛市場に絶望した、その歴史なんですよ。」
───というのは、具体的に言うと?
「若い人の恋愛なんて、どこまで言ってもステータスがものを言うということですよ。これはもっと早く気付くべきだったけど、残念ながら、僕と同年代の男も女も、少なくともその半数は僕より馬鹿で無知蒙昧で、惰弱な連中だったんですよ。そうでなければ、僕は外見の醜さに打ちひしがれることもなかったんだ。でもね、別に構わないんですよ。どうせあの時に、所謂まともな恋愛をしたところで、相手の女は精神的に未熟な、取るに足らない存在だったんだ。そんな紛い物は、僕が求める本当の愛の実現には必要ない。だから、腹は立つけどまあいいんですよ。昔の話ですしね。」
───異性への興味以外に、印象に残ってる出来事はないの?
「ないですね。思うに、生まれたときから寂しさを感じながら生きてるような人間なんですよ、僕は。そしてそういう人間は、この寂しさを埋めるためだけに存在している。
工場のベルトコンベアは、商品を運ぶためだけに作られて、壊れるまで使われるわけですよね?僕も同じですよ。心か体のどちらかが壊れるまで、永遠に求め続けるんですよ。
だから、僕を愛してくれる女性を探すこと以外に、僕が興味のあることなんてないですね。」
───なるほど。今日はここまでよ。ありがとね。あと、あなた自分で卑下するほど、醜くはないわよ。
「… そ、そんな… 先生、本当に優しんですね… はは、ははははは、」
2024年 5月21日 木曜日
───そろそろ今日から、あなたがやってきた殺人について話してもらおうかしら。
あなたの最初の殺人は、高校三年生の夏休みに、通ってた高校で勤務してた女性の教師を絞殺したこと。間違いないわね?
「はい、確かに僕はあの人をこの手で殺しました。初めてだから、今でもよく覚えてますよ。僕は、当時あの人に本気で惚れていたんです。人格者で、聡明で、美しくて、でも、それだけ立派なのに、体格は女の子なんですよ。その可憐さに僕は惹かれたんです。でも、あの人は、彼女は… 既婚者だったんです。本当、心底自分が可愛そうですよ!なんで既婚者を好きになってしまったんだ!そんなの、上手くいくわけないじゃないか!
………すみません、続けますね。僕は、このまま悶々としているのは精神的によくないと思い、思い切って、告白することにしたんです。まあ、やっぱり駄目だったんですけど。でも、その時思ったんです。人生のいろんな体験を、この人と一緒に経験できないなら、せめてこの人の死ぬ瞬間を見るという体験だけは、旦那じゃなくて僕が良いと思ったんです。
気づいたら、僕はあの人に馬乗りになって、その首を絞めていました。あの人は僕の下でじたばた暴れていました。でも、僕は嬉しかった。僕に対して、初めてあの人が感情をむき出しにしてくれたんです。僕に関心を寄せてくれたんです。そして、今でも死ぬ間際のあの表情が忘れられません。恍惚として、凄く気持ちよさそうだったんです。僕はその顔を見て、ああ、僕がこの人を気持ちよくしたんだって思ったんです。死んじゃったあとも、しばらくあの人の体をぎゅーってしてたんです。温かかったなあ。」
───………。 それから、あなたは20代から30代前半の女性をターゲットに次々と殺害。ただ、一つだけ異質な殺人がある。最初から数えて4人目が終わった直後に、同い年の男性を殺したらしいわね。これはどうして殺したの?
「ああ、あいつですか… あいつは僕の友人だったものですよ。ある日、僕は夜中に人目のつかない河川敷で、以前から好きになってしまった女性と、その、愛を育んでいたんですよ。
そしたら、後ろから声をかけてきたんです、あいつが。僕はあいつに向き直って、僕が何をしていたのか教えたんですよ。その頃には、人を殺すのが自分の中であたり前になっていて、僕は話せば理解してくれると思ったんです。でも、あいつはあろうことか僕を侮蔑したんです。理解できない、お前はいかれている、今すぐそんなことはやめろ… そんな言葉を僕にかけたんですよ。僕は許せなかった。どうして、人がより人生を豊かにするために精一杯努力しているのに、それを茶化すのか。僕にとっての愛情表現の方法が、殺すことでしかなかったのに、それを頭ごなしに否定する姿勢。理解を示そうともしない態度が、とてつもなく憎かった。僕は気が付いたら、普段人を殺すときに、万が一のことを考えて用意しているシャベルで、彼を必死に痛めつけました。殺すつもりでしたが、なるべく致命傷にならないように殺しました。僕が奴に否定されたときに感じた痛みを、あいつにも味わってほしかったんですよ。
結局あいつ、肉も骨もぐちゃぐちゃになって死んじゃいましたけど、本当いい気味ですよ。今考えれば、あんな学歴も大したことない、人生においてろくに努力もしたことがないようなクズに、僕のやっていることが理解できるわけなかったんです。ああいう人間は、自分の頭で理解できることしか理解しようとしない生き物ですから。まあ、だからそういう人間って、いつまで経っても馬鹿なんですけどね。」
───さあ、今回はこの辺にしておきましょうか。今日もよく話してくれたわね。
「はい、インタビューの後に先生と食べるお菓子のためなら、僕、いくらでも頑張っちゃいます! それに……… 先生に僕のこと、もっと知ってほしいし。」
2024年 6月9日 火曜日
───じゃあ、今日はどうしてあなたが、主に20代から30代前半の女性をターゲットにしていたのかを教えてくれない?
「…前にも言った通り、僕は生まれながらにして寂しさを抱えてたんです。自分がこの世に存在していてもいいってことを証明してくれる人が必要だった。僕を、外の世界の多くの脅威から守ってくれる人間が欲しかったんですよ。それには、年上の女性の方が、精神的にも成熟しているし、人生経験も豊富だと思ったんです。なんというか、安心感がほしかったのかもしれません。」
───それには、あなたの幼少期の話も関係しているの?
「そうかもしれません。僕には、お母さんと遊んだり、話を聞いてもらったっていう経験がほとんどないんです。僕が学校でいい成績をとったり、図画工作で何か絵をかいたりしてきたのを見せても、対して嬉しそうじゃないんですよ。多分、僕のことが好きじゃなかったんだと思います。でも、お母さんは悪くないんです。お母さんは、お父さんと暮らしてる間に、段々心が摩耗していっちゃったんです。あんな人間と一緒にいたら、嬉しいことがあっても素直に喜べない人間になっちゃいますよ。そうでなかったら、自分の息子が頑張ったことに、母親が何も感じないなんておかしいんだよ…!そんなもの、母親なんて言わないんだよ…っ!
………だから、僕はここに来る前にお父さんを殺しておくべきだったんです。それが唯一の後悔です。」
───辛かったのね。あなたは、今でもお母さんと呼べる人がほしいの?
「もちろんです。そのことを考えなかった日はありません。特に夜中になったときによく思います。夜一人でいる不安を、誰かが拭い去ってくれないかって。
ぼ、僕は…それだけが望みで、そ、それ以外には本当に何もいらなくて…あ、ああごめんなさい、思わず涙が…」
───大丈夫よ。あなたの気持ちは、私にも十分伝わったわ。これ以上悲しむ必要はないのよ。
「ありがとうございます。先生って本当に優しいですよね。僕は先生にこうして会える日が、毎日本当に楽しみなんです。」
───そう。それは私としても嬉しいわ。ねえ、これは提案なんだけど…
私が、このインタビューが終わるまで、あなたのお母さんになるっていうのはどうかしら?
「…え? い、いいんですか、そんなこと… だって僕は人殺しで、そんなやつに、あなたみたいな女性が… だめですよ、そんなの…」
───そんなこと気にしないで。あなたは刑務所の中で一人で、ずっと辛かったでしょう?そんな人にこそ、私は安心してもらいたいって、あなたの話を聞いてそう思ったのよ。
ね? どうかしら、それでも嫌?
「い、嫌じゃないです…! むしろ、すごく嬉しいです。先生、本当に僕のこと考えてくれて… じゃあ、僕、これから先生のこと、本当のお母さんだと思って接しますね!」
───ええ、そうして頂戴。あなたのことは、私が最後まで見ててあげるからね。
2024年 7月14日 日曜日
「ねえ、母さん、僕ね、今日母さんに会うまでに考えてたんだけど…」
───なあに、なんでもお母さんに相談してかまわないのよ?
「うん、実はね…」
2024年 8月28日 木曜日
───まあ、私のためにそんなもの作ってくれたの?
「独居房にあるわら半紙で、作ってみたんだ。えへへ、すごいでしょ…
これ、よく見るとここにね…」
2024年 9月11日 月曜日
「僕は、生きててもいい存在なのかな…」
───ええ、当たり前じゃない!そんなこと聞く必要ないわ。
「母さん……
僕、本当に母さんみたいな人に出会えてよかった。僕、今すごく幸せだよ!」
2025年 2月15日 金曜日
「母さん、今日が何の日か覚えてる?」
───もちろん、私があなたに初めてインタビューをした日よね。
「そうなんだ! あの日に僕は母さんに出会って、それから母さんは、親身になって僕の話を聞いてくれたよね。それで、毎月母さんに会える日が楽しみになって………
僕、人生でこんなに充実した日々を過ごせるようになったのは初めてだよ!
本当に… 本当にありがとう、母さん!」
───インタビューを始めたころよりも、笑顔が増えたわね。母さんも嬉しいわ。
「それも母さんのおかげだよ。僕はこれまでの人生、ずっと本当の愛ってものを探してた。僕は、小さいころからそれが欲しかった。でも手に入らなくて、辛くて、苦しくて………そのために、どんなことだってやってきたんだ。でも、最後には結局手に入れることはできなかった。それで刑務所に入ることになって、僕はもう一人で死ぬしかないって思ってたんだ。けど、そこに母さんが現れた。母さんは、僕のことを自分から知ろうとしてくれて、話を聞くときも僕のことを否定しなかった。そんな経験、今までしたことなかった。僕は常に、周りの人間から理解されず、顰蹙を買い、遠ざけられて生きてきた。実の家族でさえも、僕の存在を疎ましく思っていたんだ。でも、母さんだけは、世界で唯一僕のことを理解してくれたんだ。でも母さんが僕のことを理解してくれたのも、よくよく考えれば当たり前だよね、だって母さんは強くて、聡明で、人格者で、精神的に成熟していて、それでいて可愛らしさや可憐さも兼ね備えてる、すっごく強い人なんだから!」
───うふふ、そんなに褒められたらなんだか私も照れ臭いわ。でも、ありがとう。私、すっごく嬉しい。
「えへへ… そういえば母さん、今日は他にも僕に知らせたいことがあるって言ってたよね?」
───ええ、そうなの。実はあるニュースが舞い込んできてね。聞きたい?
「うん! 母さんにとって嬉しいことは、僕にとっても嬉しいんだ!」
───本当、私のことが好きなのね。ええと、実はね…
「え、母さんどうしたの、急に顔を近づけてきて。
さ、流石に恥ずかしいよ…。」
───ごめんなさい、どうしてもあなたの顔をよく見ながら言いたいの。 だって、
姉さんを殺したクソ野郎の死刑執行日が遂にやってきたっていう、大事なニュースなのよ?
「…え?」
───あなた、私が本心で自分のお母さんになってくれたとでも思ってたの?本当にどこまでも馬鹿なのね。私があなたのお母さんを買ってでたのはね、大好きなお母さんに、自分が今から死ぬことを告げられて、絶望したあなたの顔が見たかったからなの。
あなたと面会するようになってから、毎日吐き気との戦いだった。だって、私の姉さんを殺した張本人が、目の前でヘラヘラしてるのを見せられたんですもの。まったく、何度殺してやろうと思ったことか。
「そんな、母さん、嘘だ…」
───ううん、嘘じゃないの。それに、その母さんって呼び方もやめてくれる?あなたにその呼び方で呼ばれるたびに、私はいつも怒りでどうにかなりそうだったんだから。
でも、それも今日で終わり。あなたもよかったわね。だって、今まであなたが散々語ってきた生きることの苦痛から、ようやく解放されるのよ?死んじゃえば、そんなもの感じることもないんだから。今まで長い間大変だったわね。これだけは、嘘じゃなくて本当に心の底から、
お つ か れ さ ま 。
───じゃあね。