第二話 ギターとの出会い(三)
あるときハヤトは、思い切って練習中のワタルに声をかけた。
「ワタル……兄さん、それ、そんなに楽しい?」
ギターを弾く手が止まり、部屋に静けさが戻る。
ワタルは顔を上げハヤトを見た。
練習の邪魔をするな、と叱られる!
一瞬そう思ってハヤトは首をすくめた。ところが予想に反して、ワタルは顔をほころばせる。
「難しいところもあるけど、楽しいよ」
「楽しい? 同じ曲を練習するだけなのに?」
「練習するたびに、だんだんうまくなるからね。
昨日弾けなかったところが今日はできるようになる。明日はもっと難しいところが弾けるようになるかもしれない。
それってとても楽しいことだよ」
「すらすら弾けてるのに、何度も何度も繰り返しているだけじゃないか。飽きたりしないの?」
「飽きないよ。手がちゃんと動いてまちがわずに弾けても、それで終わりじゃないからね」
「終わりじゃないって、なんか面倒くさそう」
ハヤトは頭の後ろで手を組んだ。ワタルの言う意味が、ハヤトにはよく理解できない。
ただ、面倒だという言葉は本音ではなかった。
ハヤトの耳には上手に弾けているように聞こえる。にもかかわらず、延々と同じ曲の練習を繰り返すワタルが不思議だった。
音楽にそんなに魅力があるのだろうか。
ギターに触れることは、そこまで楽しいことなのだろうか。
会話が終わると、ワタルはまたギターを弾き始める。最初は楽譜を見ながらだったが、いつの間にかそれは閉じられていた。
丸暗記するくらい練習しているのだと思うと、ハヤトはますます気になる。
自分もギターに触れてみたら、その意味が理解できるだろうか。
迷った末にハヤトは、思い切ってワタルに頼んでみる。
「ねえ。ぼくにも……弾けるかな?」
「ハヤトに?」
おまえには無理だといわれるかもしれない。邪魔になるから出て行ってくれ。
そう拒否されたらそれでもいいや、という諦めも半分あった。それならそれで仕方がない。今までハヤトはワタルを避け続けたのだから。
ところが予想に反し、ワタルは頬を少し染め、口元に笑みを浮かべた。
「はじめは難しいよ。でも頑張って練習を続けたら絶対に弾けるようになるからね」
「本当?」
「試しに弾いてみる?」
と、ワタルはギターを差し出す。ハヤトはやや震える手で受け取った。
ギターは見た目より大きくて、腕にずっしりと来た。
ハヤトはワタルの横に並び、ベッドをいす代わりにして座る。ワタルに教わりながら、ボディを膝におき左手でネックをつかむ。
小柄な小学生のハヤトは、ギターの大きさに戸惑いを覚えた。
「これがピック。右手でこうやって持つんだ」
ワタルに教えてもらい、ワクワクしながら一本ずつ弦をはじく。
「あれ、変な音……」
ワタルと違い、プツプツと音が途切れ、きれいに響かない。
「左手の指を弦から放して、もう一度弾いてみて」
言われたとおりにして、一本だけ恐る恐るはじいてみた。すると今度は音が響き、余韻が残る。
「あっ、できた!」




