第二話 ギターとの出会い(二)
何も知らない小さなハヤトは、自分たちをそんな境遇に追いやったのは、父が自分と母を捨てたからだと考えた。
そして父に対するうらみが、いつの間にかワタルに向けられる。そのせいでハヤトはどうしても素直になれない。
だがワタルは、そんなハヤトを決して嫌わなかった。ひと夏の間に何度も何度もハヤトのもとにきて、いろいろな話をしてくれる。
都会で体験したことや面白そうなことを自慢げに話すのではなく、「来年の夏はハヤトがおいでよ」という誘いの言葉で終わる。そんな兄を見るにつれ、ハヤトは卑屈になる自分が嫌だった。
しかし一度拒否した兄の手を、自分から取ることはできない。それは幼いハヤトにできる、唯一の反抗だった。
和解のチャンスは、ほんの小さなことがきっかけにやってくる。
ある年の夏休み、ワタルはギターを持って訪ねてきた。
「友達とバンドを始めようって話が出てね。まだメンバーが集まってないのに、さっそく曲を渡されて『二学期が始まったら一緒に練習して、文化祭でライブに出るぞ』なんて言うんだよ。
それで、ここにいる間も練習することになったんだ」
そう言うと、ワタルはギターを抱えて弦を一本ずつ爪弾いた。
「バンド? なにそれ」
「音楽を演奏するグループだよ。おれたちはロック中心で演っていくんだ。でね、『うちには使っていないアコギがあるよ』って言ったら、パートがギターに決まったんだ。
エレキはそのうち買えばいいから、今はアコギでやろうってさ。おかしなバンドだろ」
あきれ返ったような口調に反して、ワタルの口角は上がっている。
エレキがエレクトリック・ギター、アコギがアコースティック・ギターを指すのをハヤトが知ったのは、のちのことだ。
家にアップライトと電子ピアノがあるが、ろくに触れることのないハヤトにとっては、ただのインテリアだ。
ときたま母親が懐かしそうに弾いているのを見たことはあっても、自分が弾くための物だと思ったことは一度もなかった。
それなのに、目の前に出現したギターが気になって仕方がない。ワタルが練習しているそばで、ハヤトはもらったおもちゃで遊ぶことも忘れてずっと見ていた。
ただ見ているだけで満足だった。
そんなハヤトを煙たがることもなく、ワタルは黙々とギターを弾き続けている。
兄弟なのに、こうやって同じ時間を過ごしたことはなかった。ワタルを羨んでいたハヤトは、一緒に遊ぶどころか、兄が来ている間は避けるように友だちの家に行くことも多かった。
最小限しかワタルと接してこなかった。
ところが今は、ワタルのそばを離れられない。わだかまりよりも、ギターへの興味のほうが大きかった。
ギターを弾くワタルの姿が新鮮だった。多くのものに恵まれて、何不自由なく生活していると思っていたワタル。
だが兄が指に怪我をしながらもずっと練習する姿は、ハヤトの知らなかったワタルの一面を見せていた。




