第二話 ギターとの出会い(一)
第二話「ギターとの出会い」
意図せずワタルの告白を耳にしたハヤト。それをきっかけにギターを始めた時のことを思い出す。
「兄さんがそこまで追いつめられていたなんて」
ワタルの部屋の前で、ハヤトは廊下の壁にもたれかかって座っていた。
ライブあとのミーティングを飛び出したはいいが、ワタルと沙樹がどこに行ったか解らない。
結局追いかけることもできず自宅に戻ったところ、駐車場にワタルの車を見つけた。
「なんだ、灯台下暗しじゃないか」
ふたりが帰っていると確信したハヤトは、はやる気持ちでワタルの部屋までおしかけた。
勢いで部屋に入ろうとしたとき、ワタルの声がハヤトの行動を止める。
話の内容はすべてドア越しに聞こえてくる。それが予想以上に深刻だったので、部屋に入ろうにも入れなくなった。
「兄さん……」
立ち聞きするつもりはなかったが、去ることができずそのまま留まった。
ぶつけるつもりだった怒りの感情は、話を聞いているうちに徐々に小さくなり、やがて消え去っていた。
ワタルの体験は、音楽の世界で生きることを夢見るハヤトの考えを、いとも簡単に打ち砕いた。恐ろしいまでの現実が目の前に突きつけられる。自分の考えがいかに甘かったかを、いやでも考えてしまう。
「これがプロの世界だなんて。厳しいなんて言葉じゃ表現しきれないよ」
ワタルたちのバンド、オーバー・ザ・レインボウがプロになった日から、音楽の世界は、雲の上にある夢の国から手に届きそうな現実の存在へと変わった。
ハヤトが憧れる世界で生きる兄の姿は、離れた土地に住んでいる自分が見ていても、眩しくて目がくらみそうになる。
プロのミュージシャンという職業が、憧れから目標に変わるまでに時間はかからなかった。虹のステージに立つ日に向けて、練習に明け暮れる日が始まる。
絶対に音楽の世界に入る。兄を追い越してみせる。
そう考えるだけで闘志がわいて、厳しいレッスンや、勉強と手伝いの両立も苦にならなくなった。
すべては、ワタルよりも先を走りたいという思いからだ。
「ぼくはいつから兄さんを追いかけていたんだろう」
ハヤトは壁にもたれて、静かに目を閉じた。
☆ ☆ ☆
幼いころのハヤトにとって、ワタルはときどきやってくる異邦人だった。
夏になると突然ふらっとやってきて、母や祖母にかわいがられる。よく解らないが、自分の居場所を脅かす存在だった。
少しだけ世の中が見え始めたころ、両親が離婚していることと、ワタルが父に引き取られた実の兄だということを知った。
ワタルが来るときは、いつもたくさんのプレゼントを持ってくる。
欲しくても買ってもらえないおもちゃをくれるので、季節外れのサンタクロースみたいに感じていたころもあった。
それでもハヤトは、ワタルの存在と訪問が気に入らない。
都会で多くのものに囲まれ裕福に暮らしているだけでも羨ましいのに、ここにいる間は、何をするにも兄が優先される。
そんなワタルに、ハヤトは子供心に嫉妬を抱いていた。
母と祖母は小さな旅館を切り盛りして、毎日働き詰めだ。三人が食べていくには困らないが、それが原因でハヤトは母や祖母にあまりかまってもらえない。
それどころか遊びたいときでも我慢して、家や旅館の手伝いをしていた。
生活のためにはしかたないと解っていても、寂しさと不満でいっぱいになることは何度もあった。




