第一話 光と影の世界(一)
第四章 第一話「光と影の世界」
すべての内容を語り終えたワタルは、今の気持ちを沙樹に打ち明ける。
それはとても受け入れられるものではなかった。
すべてを語り終えたワタルは、自分のとってきた行動の軽率さを再び実感していた。できることならば、二度と思い出したくない。
しかし、ここまで来てくれた沙樹には語らねばならない。
一番大事なときに梢から手を引かざるを得なかったこと。自分を頼りにしている梢を優先し、結果的に沙樹をないがしろにしたこと。
意図するしないは関係ない。そんなつもりはなかったといえば許される、という甘い考えは持っていない。
実家に帰ってからずっと、沙樹のことを考えていた。何も知らせなかったのは、梢との会話が元で沙樹の存在が知られることを恐れたからだ。
ホテルのレストランで梢と話していた内容をすべて聞かれたかは解らない。しかし、わずかな可能性があるなら避ける努力をすべきだ。
だから「慎重にすべきだ」という日下部のアドバイスに従った。
気持ちの整理がつくまでは、沙樹と会ってはいけないと心に決めた。
梢にふりまわされたとはいえ、自分が悪者になる勇気があれば、ノーと拒否することはできたはずだ。
あとになって考えると、自分にも隙があったことは否めない。それが沙樹に対する罪悪感になっている。
そばにいれば会いに行ってしまう。でもここにいれば会うこともない。会いたくとも、距離が邪魔をする。
それは寂しさという名の安心材料でもあった。
だが沙樹は、そんなワタルの心のうちを見透かすようにここまでやってきた。
なんて人だ。ここにいるという確信があったわけでもないのに、ほんの小さな可能性だけで行動できる。
こんなにまで想われていたとは。
顔を見て嬉しくないわけがない。手を伸ばして、その柔らかい頬に触れたい。
でも今の自分に、そんな資格はない。
そんな気持ちを抱いているとき、予想しなかったタイミングで沙樹に出会った。だから素直に自分の気持ちを表せなかった。
「ワタルさん、ごめんなさい。そんな大変なことがあったのも知らずに、あたし、勝手な行動を取ってしまって……」
「沙樹はなにも悪くないよ。すべては、おれに原因があるんだ。梢ちゃんに頼られて、きっと心のどこかでいい気になっていたのさ。
優しさや親切心が人を不幸にすることもあるのに、そんなことも解らなかったおれが幼すぎた」
ワタルはずっと考えていた。
相手のことを思いやったがために、ありもしないことを報道された。そんな、生き馬の目を抜くような世界を、人々はなぜ目指す?
称賛と光り輝くスポットライトが欲しいのか。
憧れていた高い空の上に浮かぶ雲。必死の思いでたどり着いたそこに続く階段を、ワタルは仲間たちとともに血反吐を吐きながら登ってきた。
登り切った雲の上は、色とりどりの光がステージを虹色に飾る世界があった。
だがそれは、世界の一面に過ぎない。
光が作る影と足元に転がる者たちは、スポットライトに当たろうと日々精一杯の努力をする。嫉妬と羨望と欲望の渦巻く世界に、ワタルは何を求めていたのだろう。
華やかな虹の世界のすぐそばには、どんな魔物が棲みついているのか?
「梢ちゃんには、辛い思いをさせてしまった。本当に助けが必要なときに、おれはなんの手助けもできなかったんだ。自分のことで精一杯だなんて、笑ってしまうよ」
「浅倉さんは解っているよ。ワタルさんが逃げたんじゃないってことも、見捨てたんじゃないってことも」
沙樹は手を伸ばしてワタルの頬に触れた。細い指をワタルの手が遠慮がちに包む。
この人だけは巻き込みたくなかった。一番大切な人には影の部分を見せたくなかった。
自分の生活を守ること、それはすなわち、沙樹を守ることだ。
だがそんなことさえ許してくれない世界がある。おもしろおかしく盛り上げるためには、踏みにじられる人の気持ちなどどうでもいいのか。
「おれのいるところは、ガラス張りのプライバシーだな」
自分の中に巣食っている苦悩を吐き出すように、ワタルはそう言った。




