第三話 狙われたアイドル(十九)
「それなら心配することはありません。梢ちゃんは森下さんが思っているより、ずっと芯の強い女性です。多少のフェイク報道くらいでは負けません。
それにあの子の実力は本物です。一時的に何かあっても、すぐに復活します」
どれだけ嫌がらせを受けても、カメラの前では平常心を保って仕事を続ける梢の姿を思い出す。辛い気持ちを吐き出しさえすれば、いくらでも立ち直り、また戦場に出ていく力強さを。
ワタルはその姿を、幾度も眩しく感じた。
「それよりもおれが心配してるのは、別の問題です」
「北島さんの恋人ですね。彼らに突き止められたら、略奪愛だと言われて、梢のイメージがさらに落ちてしまう。それだけは絶対に避けなくては」
「さすがにそうなると、高校生の梢ちゃんにはきついでしょう。おれの彼女も一般人だから乗り切れるかどうか。
名前が報道されなくても、身近な人には解ってしまう可能性もあります」
これまで秘密にしていただけに、バレればちょっとした騒ぎになるだろう。
沙樹のいるFMシーサイド・ステーションではレギュラー番組も持っているから、しばらくは仕事がやりにくくなる。
こんな状況で沙樹とコンタクトすれば、嗅ぎつけられてしまうのは時間の問題か。
いつどこでだれが見ているか解らない。日下部の判断は正しい。
「恋人の存在が前にいた事務所に知られることだけは、絶対に避けなくてはなりません。名前や職業が知られれば、それをもとに梢をつぶしにきます」
カップを持つ森下の手は、小刻みに震えていた。
「熱愛が純愛のうちは、何とかなります。反感を持つファンもいれば、暖かく迎えて応援してくれるファンもいます。
でもこれが不倫や略奪愛になれば、北島さんも梢も、ネットで叩かれるのは間違いありません。これがきっかけで梢の命取りになってしまう。
あの子はまだ、これからだというのに……」
梢の将来と、沙樹の平穏。ワタルが行動を間違えば、どちらも壊してしまう。
「ならばすぐにでも行動した方がよさそうですね。これで失礼します。落ち着いたら連絡すると、梢ちゃんにも伝えてください」
そう言い残し、ワタルは森下の部屋をあとにした。
ワタルは急いで家に帰り、身支度をすると車に乗り込む。駐車場を出たところで、芸能ニュースでよく見るレポーターが、マンションのインターフォン前に立っているのを目撃した。
間一髪。あと五分遅ければ、部屋で居留守をしたまま一歩も出られなかった。
幸いなことに、取材スタッフはワタルの車に気づかなかった。行く当てもないままに車を走らせる。
どこに行けばいい? 沙樹のところはもちろんダメだ。実家も知られているだろう。バンドメンバーのところも同じだ。
みんなに知られていない場所はどこにある? 安心していられるところは。
そう考えたとき、ある場所が浮かんだ。
昔から何度も訪れたところ。
懐かしい人たちが住むあの土地。
「そうだな。ちょっと遠いけれど、そこならだれも気づかないはずだ」
行先は決まった。ワタルは一番近くにある、高速道路の入り口まで車を走らせた。
以上で第三章第三話「狙われたアイドル」は終わりです。
次回より第四章第一話「光と影の世界」に入ります。
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お話はまだ続きますので、ぜひお読みくださいね。




