第三話 狙われたアイドル(十八)
ワタルはすぐに森下の部屋を訪ねた。レストランでの出来事と、日下部に指示された内容を話し、自分の軽率な行動をわびた。
「そうですか。やはり梢のすぐそばに敵がいたのですね」
森下は備えつけのコーヒーメーカーをセットしようする。だが手が震えて豆をこぼした。
「おれがやります」
ワタルが代わってコーヒーを淹れる。やがて香ばしいにおいが部屋を満たし、ワタルの気持ちも少し落ち着いてきた。
「歩実のことは梢に黙っててくださったんですね。ありがとうございます」
カップを渡すと、森下はワタルに礼を告げた。デスクの上の灰皿には、口紅のついた吸い殻が数本ある。
「北島さんと会うのをやめるように指示したのは私の判断ミスのようです。梢はあなたと話したことで、今朝ここにきたときと比べて別人のように落ち着いていました」
「それならよかったです。でも申し訳ないのですが、しばらくは会えそうにありません。一緒にいたらまた写真を撮られかねない。
日下部さんにも、身を隠すように言われました」
ワタルは席を立ち、一礼して部屋を出ていこうとした。
「北島さん、待ってください」
森下に呼び止められ、ワタルはふたたびソファーに座る。
「梢のことでは、初めから北島さんに迷惑をかけてばかりで。わたしがもう少しあの子を抑えられていたら、こんなことになりませんでした。
梢のわがままにもつきあわせてしまい、本当にすみません」
「気になさらないでください。こういう事態にも慣れなくてはならないと思ってました」
森下は悔しさを紛らすかのように、ライターに火をつけようとした。だが、ガスが切れかかっているのか、なかなか火がつかない。
ワタルは自分のジッポーを取り出し、森下のタバコに火をつけた。森下は溜息を吐くように煙を吐き出した。
「わたしたちは北島さんをスケープゴートにしてしまいました」
「おれがスケープゴート、ですか?」
「梢の熱愛話ならば、相手はだれでもよかったのでしょう。そんなとき、たまたま北島さんが近くにいた。それだけの理由で巻き込んでしまいました」
すべては、清純派アイドル浅倉梢のイメージダウンをねらっての陰謀だった。
アイドルにとって恋人の存在はウィークポイントだ。ファンの多くは十代後半以降の男性で、彼らは梢を疑似恋愛の対象にする。
彼らにとってアイドルスターは、身近なガールフレンドであり恋人だ。そばに男性がいることは許されない。それなのに今、浅倉梢には恋人がいるという報道が流れた。
ファンは梢に失望すると同時にワタルに嫉妬する。
「オーバー・ザ・レインボウの女性ファン、とくに北島さんのファンは確実に梢に反感を持ちます。相手は一般人でもよかった。ただ北島さんは、あまりに適任すぎました。
梢にもっと言い聞かせておけば、こんなことにはならなかったのに」




