第三話 狙われたアイドル(十四)
「それと、もうひとつ。森下さんは『会うのをやめろ』とは言ってないんじゃないかな。『しばらく控えろ』とは言ったかもしれないけどさ」
梢の気持ちを知っている森下が、二度と会うなとは言わないはずだ。
左手を口元に当てしばらく考え事をしたのち、梢は口を開いた。
「言われてみれば……確かにその通りだった気がする。でもワタルさん、どうして解ったの?」
「誤解のないようにあらかじめ言っておくけど、森下さんから聞いたわけじゃないよ」
梢の顔から険しさが徐々に消え、今度は気まずそうに手元を眺める。
「梢ちゃんが考えるようなことが理由で忠告したのなら、別れろって言うはずだろ。おれだって森下さんとあらかじめ示し合わせて、もし呼び出されても来ていないよ。
つまりおれと森下さんのことは、まったくの誤解だってことさ」
「そっか……こうやって説明されて、ひとつひとつじっくりと考えたら、ワタルさんのいうことが正しいって理解できるわ。
てことは……やだ、あたしって何を思い込んでいたんだろ。早とちりしてごめんなさい」
梢は頬を少し赤らめ、うつむいたまま謝罪した。
「森下さんは信用できるし、梢ちゃんのことをいつでも気にかけてる。それは解ってくれたんだね」
そばにいる人間を信用できるようになれば、あとはなんとかなるだろう。
「ガセネタやデマなんかに負けるなよ。梢ちゃんはいつだって正面から立ち向かって、一度も負けたことがないんだ。今度も乗り越えられる」
だが梢は無言でうつむいたままだ。ここでいつもの笑顔が見られないのでは不安が残る。
「どうした? まだ何か心配事があるのかい?」
梢を刺激しないように、ワタルはいつものように穏やかな口調で問いかけた。
気持ちを整理するには、少し時間が必要だろう。沙樹のことは気になったが、もう少しだけ梢につきあわなければ、また暴走する恐れがある。
ワタルはふっと息を吐いて、何気なく店内を見まわす。
ここは公共の場だ。決して人目につかないわけではない。
黒縁メガネをかけてラフな格好をしているとはいえ、今朝から何度となく北島ワタルの顔はテレビの画面に映されている。そして梢は、子役時代から顔が売れているお茶の間のアイドルだ。
嫌な予感がした。
最初に「大丈夫だ」と感じたのは、確信があってのことではない。来たときは怪しい人物がいなくとも、ワタルたちが会話を始めたのを確認してから近づいているかもしれない。
今になってワタルはそのことに気づいた。会って話をする場所をまちがえた。
人目を気にしないで済むようなところはないかと、ワタルが考えを巡らせているときだ。
「ワタルさん」
改まった梢の声に呼びかけられて、考えを中断し視線を戻す。
「あの報道は、全部がフェイクってわけじゃないんです。本当のところもあるんです」
梢は固く拳を握りしめ、膝の上においた。
肩をやや震わせ、うつむきながら、何かを言おうと口を小さく開ける。
ワタルは息を飲み、梢を見返した。
梢が今から口にしようとする言葉は、簡単に予想ができた。
森下の心配が現実となりつつある。
「あたし、ワタルさんのこと……」
「梢ちゃん、だめだっ」
急いで遮る。