第三話 狙われたアイドル(十三)
「ワタルさんって、あたしに隠れて森下さんとつきあってるんでしょ」
「え?……ええっ?」
自分でも驚くくらいの大声が出て、ワタルは慌てて手のひらで自分の口元を覆う。幸いそれに気づいた人はいなかったようで、誰もこちらをふりむかなかった。
予想もしていなかった尋問に、ワタルの思考が停止する。
「ちょ、ちょっと待って。おれと森下さんがなんだって?」
「だから、だから彼女、あんなこと言ったのよ……」
威勢の良かった声が徐々に弱々しくなり、梢はうつむいたまま黙り込んだ。
今にも泣きだすのではないかと、ワタルは不安になる。どんな状況であれ、女性の涙は苦手だ。
だがなんと言えばいい? 否定したところで信じてくれそうにない。納得させるためには、沙樹の存在を話さなくてはならないのか。
「森下さん、今朝あたしに『北島さんとプライベートで会うのをやめなさい』って言ったの。それで解ったのよ。森下さんはワタルさんの恋人なんだって。そしたらいろいろと思い当たることが出てきたの」
バイタリティーもあり、大人顔負けの仕事をこなすといっても、梢はまだまだ子供だ。発想があまりにも短絡すぎる。
ワタルの悩み事がまたひとつ増えてしまった。
「ワタルさんがあたしに親切にしてくれたのも、森下さんの気をひくためだったのね。いつのまにか親しくなって、楽しそうに話してたし。悔しいけどお似合いだなって何度思ったことか。
あの人は今度のことを幸いに、あたしとワタルさんが会わなくなるように仕向けてるのよ」
「違うよ。頼むからそんな子供みたいな想像をしないでくれ」
「子供みたいじゃなくて、本当のことでしょ」
こんなことが梢を憔悴させている原因だったとは。梢は自分のおかれている状況が把握できていない。
意外な理由にワタルは大きくため息をつき、テーブルに両肘をつく。
「わざわざこんなときに呼び出したのは、森下さんに対する意地や反抗心だったわけ?」
梢は睨みながらうなずいた。急に疲労感を覚えたワタルは額を両方の手のひらに乗せ、そうだったのか……と小さな声でつぶやく。
だが梢の思い込みも理解できる。すべてに疑心暗鬼になっていては、自分を心配する発言や行動を素直にとれなくても無理はない。
——北島さん、梢のささえは、ご自身だってことにお気づきですか。
いつかの森下の声がよみがえる。
こんな状況下では、なおさらワタルが必要だったろう。それなのに「会うことはならない」と言われた。常に監視されているという不安がつきまとう中で、一番心を寄せ、信頼している人とのつながりを断つことを余儀なくされた。
人間不信の精神状態が梢の冷静な判断をにぶらせたとしても、責められない。トップアイドルといっても、素顔の梢は高校生の少女にすぎないのだ。
「今の梢ちゃんに『信用してほしい』といっても無理だろうね。でも……」
冷静な判断ができるようにするためには、身近な人間への信頼を回復させることが必要だ。ワタルは顔を上げて両手を膝の上におき、姿勢を正した。
「森下さんとおれは、梢ちゃんの勘繰っているような関係じゃないんだよ。証明しろって言われても困るけどさ」
梢は真一文字に口を結んだまま、じっとワタルを睨み続けている。
「森下さんは、梢ちゃんのことを心配して忠告したんだ。考えてもごらんよ、熱愛の最中って報道されてるおれたちが頻繁に会えば、また写真が撮られて、いつまでも騒ぎが収まらないだろ」
「そんなのただの口実よ」
梢は視線をそらし、頬をふくらませた。