第三話 狙われたアイドル(十二)
「ワタルさん、本当にごめんなさい」
梢はテーブルに顔が当たりそうになるくらいに深く頭を下げた。膝の上においた手がかすかに震えている。
あれだけのハードスケジュール中で数々の嫌がらせにあったときでも、ここまで憔悴した顔を見せたことはなかった。
「梢ちゃんが謝るようなことじゃないよ。それよりこの場所は安心できる?」
「ええ、森下さんのおかげで、レポーターに気づかれずに移動できたの」
わずかな時間でも落ち着けるならば、梢の気持ちも休まるに違いない。
「でも、ふたりきりで会っているところを撮られていたなんて。ストーカーにずっと見られてるみたいで、気味が悪いの」
梢は記事のコピーをワタルに見せた。今朝のテレビでも報道されていたように、出会って間もないころ、レコーディング・スタジオの駐車場で話しているところが撮られている。
勉強を教えるのが目的で梢の自宅を訪ねているところや、一緒に食事をした店の中、そしてワタルのマンションに来たときに、見送りに出たところの写真もあった。
出会ったころの写真はトリミングされたもので、実際はふたりきりではない。あのときは森下も一緒だった。仕掛人の悪意が見える。
どこでだれに見られているかわからない。今この瞬間も見知らぬ人物の視線が注がれているのだろうか。ワタルはそれとなくあたりを見回す。
レストランの中には多くの客がいるが、談笑したり、朝食を食べていたりで、特に怪しい人物は見かけられない。
でも一般人を装い、その裏で会話を録音したり、隠しカメラで写たりしている人物がいるかもしれない。そんなふうに考えた途端、ワタルの背筋に冷たいものが走った。
だが梢には味方もたくさんいる。疑心暗鬼になって、存在しない幽霊に怯えては、相手の思う壺だ。
「心配しなくても、森下さんは梢ちゃんのことを一番に考えて、手をつくしてくれてるよ」
「それが彼女の仕事だもの。あたしのことを思って行動してるってわけじゃないの」
梢は腕組みをし、苛立たしげに森下のことを悪く言う。
「誰にも見つからずここに来られたのも、森下さんが機転を利かせて素早く動いてくれたからだ。おれのところにも、すぐに連絡をくれた。信頼できる人なのに、どうして?」
ワタルは穏やかに説得する。だが梢は鼻をフンと鳴らし、唇を噛んだままそっぽを向いた。
互いに励ましあって嫌がらせを乗り切ってきたのに、どういうわけかその絆が壊れている。今の梢は完全に孤立して、誰のことも信用していない。
「あの人も、結局は芸能界の人なの。あたしのこと、単なる商品としか考えてないのよ」
「ちがうよ。森下さんは、本当に梢ちゃんの……」
「ワタルさんはどうして森下さんをそんなふうにかばうの?」
梢はワタルを睨むように見つめた。
「かばってないさ。おれは事実だけを話しているよ」
「自分でそう思っているだけじゃないの?」
「そんなことはないけど……」
梢はワタルに愚痴を言うために呼び出したのか。まず森下との絆を回復させる。梢の気持ちを落ち着かせるのはそのあとだ。
口元に手を当ててワタルは考える。
「ワタルさん、この機会だから本当のこと、話して」
「本当の……こと?」
梢は真顔で微動だにせずワタルを見つめた。責めるようなまなざしに目を逸らせない。




