第三話 狙われたアイドル(十一)
通話ボタンを押そうとする直前だ。梢からの電話が入った。
『ワタルさん、本当にごめんなさい。こんなことに巻き込んで』
梢の声は微かに震え、息遣いも苦しそうだ。ワタルの脳裏に、酷い嫌がらせで倒れそうになったときの憔悴した顔が浮かぶ。
「大丈夫かい? 森下さんからあらかたの話を聞いたよ。おれの方はなんとかするから、気にしないで。梢ちゃんはどういう手はずになっているんだい?」
『学校は休みます。みんなに質問攻めにされるからって、森下さんが。でも夕方の舞台挨拶には行きます』
主演映画の試写会では欠席もできない。熱愛報道に関する質問は受けつけないと宣言しても、映画の内容に絡めて訊かれるにちがいない。
「そうか。大変なときだけど、無事に乗り切れるように祈っているよ」
『ワタルさんは、どうするの?』
「そうだな……これから考えるよ」
梢は若干の間をおいて、口を開いた。
『もし……もしよかったら、今から会えない?』
「今から? さすがにそれはまずいよ」
『どうしてもだめ? 少しの時間でいいの』
梢の声は、崖っぷちに追いやられた人間が助けを乞うような切迫感があった。
注目されているふたりが会うなんて得策とは思えない。
しかし一方でワタルには、梢をこのまま放り出せないという想いもある。昨日まであんなに相談に乗っていたのに、一番必要な時に聞いてやれないのは無責任だ。
声に含まれる決意めいたものも気になる。
やけを起こすことはないだろうが、気の強い性格がまちがった方向に進んでしまうと、取り返しがつかなくなる。
「わかった。今すぐ行くから、場所を指定してくれないか」
行動に移すなら、芸能レポーターが姿を見せる前の方がいい。時刻は七時か。多くの人が行動を始める時間帯だ。
沙樹に連絡を入れるのは、梢との話が終わってからにしよう。詳しい状況が解っていた方が説明しやすい。
ワタルは地下駐車場から外に出た。レポーターらしき人物はまだ誰もいない。注目されているのはトップアイドルの梢であり、ワタルはそこまで気にかけられていない証拠だ。
まだ対処するだけの時間は残されているようだ。
☆ ☆ ☆
通勤ラッシュを抜けて都内のホテルに着いたとき、時刻は八時をとうに過ぎていた。
ここは梢が報道陣から身を隠している場所だ。格の高いホテルなので、宿泊客のことを漏らすような従業員はいないし、有名人を見つけたと言って騒ぐような客層でもないだろう。
海外からの宿泊客も多いので、梢の顔を知っている人の割合も、他のホテルよりは低そうだ。
駐車場に車をあずけ、ワタルは指示された二階のレストランに行った。朝食をとる宿泊客でテーブルが八割ほど埋まっている。適度な込み具合だ。
梢の姿を捜して店内を見まわすと、隅にあるふたり用のテーブルに姿を見つけた。梢はワタルに気がつき、右手を上げて合図した。
目立ちたくなかったワタルは、プライベート専用の黒縁メガネをかけ、なるべくラフで芸能人らしくない格好をしてきた。仕事以外で出かけるときと同じものだ。
オーバー・ザ・レインボウのワタルだと気づかれることはめったにない。だがこの瞬間もワイドショー番組で頻繁に顔が出ている。完璧にごまかせる自信はなかった。




