第三話 狙われたアイドル(九)
「日下部さんは何か具体的なことを知っているんですか?」
「いや。ただおれが仕掛け人なら、次は北島を巻き込んでひと騒動おこすと考えただけなんだ。
それが現実になるかどうかは解らない。が、可能性が捨て切れないなら、今すぐ対処しようと思ったのさ」
「そのひとつが、おれが梢ちゃんと距離を取るってことですか……」
「率直にいえば、そういうことだ」
そう言うと日下部は、手にした水割りを一口飲んだ。
☆ ☆ ☆
いつのころからか、お節介でお人好しと言われてきた。芸能界でも、北島ワタルは思いやりのあるいい人物だと評判だ。
困っている人を見たら素通りできず、つい手助けをする。人としてあるべき姿だと思っていた。
それが通用しない世界がある。
気のおけないメンバーに囲まれていたために、そんな簡単なことすら知らなかった自分は、スーパーヒーローを気取る幼い子供と変わらない。
真っ暗だった窓の外が、カーテン越しにも白んできた。夜明けの時刻だ。
一睡もできないまま朝を迎えた。
今日からアルバムのコンセプトを決め、曲作りを始めるつもりだった。
だが今の気持ちでは、夢や希望を語るような歌詞は書けそうにない。
「気分に左右されるなんて、アマチュアみたいなことを言ってちゃダメだな」
ワタルはそろそろとベッドから出て、キッチンに入った。
いつもの習慣で寝起きのコーヒーをセットする。
朝の柔らかい光が、香ばしい香りで満たされた部屋に射し込む。暗い気持ちは夜明けとともに消えそうな気がした。考え込んでモヤモヤしているより、少しでも体を動かした方が気持ちも晴れる。
焼きあがったトーストと目玉焼き、そして買いおきの野菜サラダとヨーグルトの中にオレンジを入れたものをトレーに乗せた。マグカップにコーヒーを注いでいると、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。
まだ六時半にもならないのに誰だろうと訝しく思いながら、ワタルはディスプレイを見る。
電話の主は森下だった。
『こんな早朝に電話で起こしてしまって、本当にすみません。でも、できるだけ早く知らせるべきだと思いまして』
「もう起きていたからお気になさらずに。それより梢ちゃんにまた何かあったんですか?」
森下の声は珍しく上ずっていた。ワタルの胸に、消えかけた暗い霧が再び広がる。
『TVをつけてください。すべて解ります』
手元のリモコンでTVをつけると、朝の情報バラエティ番組が表示された。森下に指定されたチャンネルに変えると、梢の顔写真が映った。
右隅に表示されているテロップには「浅倉梢、熱愛発覚」と書かれている。
「梢ちゃんにそんな人がいたなんて、気がつかな……」
「相手は、北島さん、あなたです」
「……え?」
予想すらしなかった言葉に、ワタルの思考が中断した。急いでボリュームを上げキャスターの話に耳を傾ける。
『お相手が、ロックグループ、オーバー・ザ・レインボウのリーダー、ワタルさんということです。関係者によりますと、おふたりが知り合ったきっかけは、浅倉さんのデビュー曲をワタルさんが作られたことなんですよ。
浅倉さんは元々バンドのファンで、中でもワタルさんが好き……』
ワタルと梢が一緒にいるイメージイラストが映し出された。勉強を教えてくれと頼まれ、家に行ったときのことを伝えている。
「森下さん、情報源はどこですか?」
『今日発売の女性週刊誌です。すでに事務所にはレポーターが押しかけています。
自宅前も何人か待機していると、梢の母親から連絡がありました。北島さん宅はどうですか』




