第三話 狙われたアイドル(八)
それから二日後のことだ。ワタルは日下部から呼び出され、ブルームーンというバーに出かけた。
ホテルの最上階にあるこの店は有名人がお忍びでよく訪れる。日曜の夜だったためか、店内はさほど混雑していない。
日下部は隅のテーブルに座り、ワタルが来るのを待っていた。
「どうしたんです? 今日はジャスティじゃないんですね」
「ああ。あそこは学生が多すぎて密談には適さないからな」
日下部はそう答えると、ワタルを正面に座らせた。
「密談ってどういうことですか?」
「浅倉梢の件だよ」
「例の嫌がらせですか? それなら大丈夫です。もう治ったって森下さんからも聞きました」
問題が解決したことを告げると安心してもらえると思った。だが予想に反して、日下部は腕組みをしたままワタルに視線を向けた。
「それもだが……おれは北島と浅倉の関係について、率直に聞きたい」
「関係って、どういう意味ですか?」
「単刀直入に訊く。北島は浅倉とつきあっているのか?」
「まさか。あの子は妹みたいなものですよ。それに高校生だし、恋愛対象にはなりません」
ワタルは間髪入れずに否定する。
「やはりそうか。もしかして西田くんと別れて浅倉とつきあい始めたのかと心配してたが、そうじゃないんだな」
日下部は組んだ腕をほどき、軽く安堵のため息をついた。
「最近あちらこちらから、北島と浅倉がつきあい始めたという噂を耳にしてな。ふたりを引き合わせた手前、おれ自身、実際のところが気になっていた。
浅倉や北島の事務所が納得した上で交際を始めたのなら、部外者のおれが止めるつもりはなかった。
でもそういうことなら忠告しておく。必要以上に浅倉に近づくのはやめろ」
「日下部さん、大袈裟ですよ。
近づくといっても、勉強を教えるとか悩み事を相談されるとか、その程度です。嫌がらせの件だって話を聞いて嫌な気持ちを吐き出させることしかできていません。
おかげで沙樹と会う時間がほとんど取れなくなってしまいました。
でも梢ちゃんが困っているのを放っておくこともできず、板挟み状態ですよ」
「なるほどな。お節介でお人好しの北島だから、そんなところではないかと思っていたが。
予想通り浅倉の方が積極的で、北島はわがままを許していたってところか」
端的に言えばそうだ。だがわがままを許した以上、どちらが積極的かは関係ない。
「だったらなおさら、浅倉と距離をとっておけよ。解ったな」
ワタルは少し迷いながらも、先日の森下との会話を打ち明けることにした。
「実はマネージャーの森下さんからも、意味ありげな話を聞かされたんです」
ワタルは森下が何かを心配しているようだったと話した。
「そうか。浅倉サイドでも何か情報をつかんでいるのか」
日下部は顎に手を当てた。ワタルは目の前のグラスに視線を落とす。
「北島は浅倉の相談相手になったつもりだろうが、彼女は完全に恋愛感情を抱いている。演技力は抜群なのに、どうして自分の気持ちは隠せないんだか。
それより北島、気持ちに応えられないなら、これ以上肩入れするのはよした方がいい。傷が浅いうちに」
「梢ちゃんを見捨てろってことですか? 妨害や嫌がらせの犯人について、森下さんが何かつかみかけているのに」
「だが北島は浅倉の恋人じゃないんだ。なら適度な距離をとっておけよ。解った
な。
それとも何かがあったときは、西田くんを捨て、浅倉のために行動するのか?」
「いえ、それは……」
ワタルは返事に詰まった。日下部はグラスを手にとる。
「何も北島を責めているわけじゃない。おまえのことだから、人一倍責任を感じて見捨てられないんだろう?
ただな、それが却って傷を広げることに繋がりかねないんだ。今回は特にな」




