第三話 狙われたアイドル(三)
直貴の問いかけに、森下は力なく答えた。これでは演技に影響が出ても無理はない。
スター街道を進む人の足を引っ張るものがいる。
ドラマのような話を小耳に挟んだことはあったが、実際に目の当たりにするのは初めてだ。
ただの都市伝説だと笑い飛ばしていたワタルは、身近な少女が苦しんでいたことに気づく術もなかった。
「でもね……慣れたといっても、気分がいいことじゃな……い……」
梢は意識をなくし、その拍子に壁に頭を打ちそうになる。ワタルはとっさに抱きかかえた。
「かわいそうに。森下さんも気が気じゃなかったでしょう」
直貴は森下に肩を貸していた。ここまで酷い嫌がらせは、気丈な敏腕マネージャーの手にも余る。
ワタルは梢を抱き上げ、楽屋に入ると椅子にそっと座らせた。ほどなくして梢は目を覚ました。
「あたしは大丈夫だから、ワタルさんたちも出演の準備に取り掛かって」
「でも……」
「こんな嫌がらせくらいで体を壊したら、犯人の思う壺だもの」
「おふたりともそうしてください。私がついているし、もうじき歩実も来るでしょう。スタッフにも厳重に注意しましたから、今日はもう何もないと思います」
できればずっとそばにいてあげたかったが、ワタルたちも準備をしなくてはならない。ふたりは後ろ髪を引かれる思いで、梢の楽屋を後にした。
「ぼくらにはあんな嫌がらせがなかったけど、これってラッキーだったのかな」
「かもな。でもこの先絶対にないとは言えない。おれたちも気をつけないと」
「でも気をつけるっていっても、どうすればいいんだか……」
楽天家の直貴でも不安を隠せない。無理もない。人の一番汚いところを見せられたのだから。
そんな中で梢は、荷が重すぎる嫌がらせに耐えてきた。この状況を知ったワタルが知らぬ存ぜぬという態度を取れるはずがない。
できるだけ梢の力になり、力づけてあげたい。
その瞬間、ワタルはそう決心した。
☆ ☆ ☆
「信じられない。あの日の収録後に、そんなことがあったなんて」
話の途中で、沙樹は思わずつぶやく。
「あのときは気にかけてくれてありがとう。梢ちゃんに代わって礼を言うよ」
「直貴さんも見てたんでしょ。バンドメンバーや日下部さんに相談すればよかったのに」
「今考えればそうするべきだった。でも自分の問題ならまだしも、あの子のことでメンバーに迷惑はかけられないよ。それにこの話が広まって大きくなるのも避けたかったんだ」
沙樹の胸に鋭い刃物で刺されたような痛みが走った。ワタルは沙樹より梢を選んだ。
梢がブログで発表した交際宣言は、事実に違いない。そして沙樹を恋人と呼んだのは、あの場面でハヤトから引き離すための嘘に過ぎなかった。
解っていたのにあっさりと騙された自分が不甲斐ない。
これ以上話を聞くのは無理だ。ワタルの気持ちが離れているという事実を見せられて、平気でいられるような気力は残っていない。
沙樹は部屋を出て、旅館に戻ろうと決めた。だがワタルはまだすべてを語り終えてないようで、話を再開する。
「でも、それが今度のことにつながった。自分の軽率さを思い出すたびに、人間としての未熟さを突きつけられるような暗い気持ちになる。
姫を守る騎士のつもりだったのかもしれない。そんな気の緩みのせいで、おれは……いとも簡単に、自分から罠にかかったようなものさ」
「罠……?」
ワタルは悔しそうに唇をかんだ。
まだ語られていない真実がある?
逃げ出すのはいつでもできる。ここに連れてこられたとき、何があっても最後まで話を決めたのは沙樹自身だ。望まない結果を告げられても、逃げ出してはいけない。最後まで話を聞くことが、自分のできる唯一の恩返しかもしれない。
大好きなワタルに対してできる……。
沙樹はワタルの手を握る。大きな掌は、苦悩を表すように汗ばんでいた。
☆ ☆ ☆




