第三話 狙われたアイドル(二)
番組の収録は無事に終了した。このあと同じ建屋にあるミュージック・ストリートのスタジオに移動しなくてはならない。
楽屋に行くまでの時間で、ワタルは沙樹が話していた噂について考えた。
梢はわがままで甘えた態度を取っている。だが、それは気を許した相手にしか見せない部分だ。
子役として年端もいかないころから芸能界に身をおいている。仕事への情熱や責任感は大人以上にしっかりしていた。
たとえ過密スケジュールが続いたとしても、森下が管理しているから、時間をまちがえるようなミスをするはずがない。一度や二度ならまだしも、噂になるほどのミスを重ねているとは到底信じられなかった。
「すみません、ワタルさん、ナオキさん。今日は遅刻してしまって」
「そのことだけど、遅刻の原因は仕事がぎゅうぎゅうに詰まってたからなの?」
直貴は梢の体調を気遣う方面から話を切り出した。
「そういう訳ではないんですけど……」
「もしかして疲れがたまってるんじゃない? 体力のある高校生でも、無理しすぎて体が悲鳴をあげてしまったのかな」
「ありがとうございます、ナオキさん。体の方は大丈夫です。遅刻の原因は……いえ、なんでも……」
梢が言葉を濁したとき、エレベーターが楽屋のフロアに到着した。梢の楽屋は歩実と同室だ。
歩実は梢が以前所属していた事務所の同期で、一番親しいアイドルだ。
楽屋の扉にポスターが貼ってあるのが遠目に見える。こんなところに? と違和感を覚えつつ、ワタルは梢や森下と並び、直貴と細井のうしろを歩いた。
「なんだよ、これ。いたずらじゃすまないよっ」
先を行く直貴が、突然声を上げた。つられて扉を見たワタルは、そこに広がる光景に言葉を失った。
「うそ、ひどい……」
梢は両手で口を覆い、真っ青になって小刻みに震え始めた。
扉に貼られたポスターは、梢が主演しいているドラマのものだ。
だがそれは普通の状態ではない。梢の顔は口の部分がモンスターように切り取られ、服は赤のマジックで塗られている。
目の周りは眼球が抉られて血まみれになったような、おぞましい演出がなされていた。
「見ちゃダメだ」
ワタルは扉の前に立ち、かばうように梢を抱き寄せた。直貴と森下がポスターを破る。細井はスタジオに走った。
「だれの仕業だよ。こんな嫌がらせをされて気づかないなんて、スタッフは何してんだ?」
ポスターをぐちゃぐちゃに丸めながら直貴が怒りをぶつける。細井に連れられたADが血相を変えて走ってきた。
直貴と森下が抗議をしている横で、ワタルは力なく床にへたり込んだ梢の前で片膝をついた。
「大丈夫かい?」
梢は震えながらも、気丈にうなずく。
「こんなの初めてじゃないから。多分これで十回くらい……かな。最初は……辛かったけど、もう慣れちゃった、みた……い」
「十回も?」
直樹が大声を張り上げたので、ワタルは静かにするよう注意した。大事になって噂が噂を呼ぶようなことになっては、梢が潰れてしまいかねない。
なぜこんな嫌がらせを受けなければいけないのか。未成年の女の子がこんなことをされて、大丈夫なはずがない。
ここまで追い込まれてなお「慣れたみたい……」と強がる梢が、ワタルは不憫でならなかった。
「もしかして、遅刻したのも嫌がらせのせい?」
「今朝急に局の人から、収録時間が変わったって電話が入ったんです。まさかいたずら電話だなんて……。こんなことが続いているのに、確認しなかった私のミスです」




