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あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第三章

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第二話 甘え上手とお節介(十)

「メッセージ? もしかして……彼女いるんですか?」


「ただのメルマガだよ。出版社からの新刊情報さ」


 質問攻めにされる前にさらりと違う答えを示して、これ以上訊かれないようにする。


 女子高生、しかもトップアイドルに迫られている状況は、梢のファンに憎まれそうな状況だ。ファンにとってアイドルは、心の中の彼女だからだ。

 だがワタルは梢に対して妹以上の感情を持っていない。

 そして何よりも、沙樹を裏切るようなことはしたくなかった。ただでさえすれ違いが多い状況で、さらに悲しませるようでは、自分で自分が許せなくなる。

 梢の肩に手をやり、そっと体を離す。


「ご、ごめんなさい。あたしいつも女子の友達とハグしてるから……」


「梢ちゃんにはなんてことないかもしれないけど、おれは驚いたよ。ハグの相手は女の子か好きな人限定にしておいたほうがいいね。それより冷めたコーヒーは飲みたくないから、テーブルにつきなよ」


「はーい」


 舌をペロッと出して梢が返事をする。本当にそんなところまで詩織と同じだ。


「いただきまーす」


 梢は両手を合わせて食事の挨拶をする。そんな些細なしぐさでさえ人の目を惹きつけた。

 天性の女優のオーラを、二十歳にもならない梢が持っている。日下部が肩入れするのは、それを見抜いたからに違いない。


「バンドの人とは今日は会わないの?」


 頬についた生クリームを指で拭き、梢が尋ねた。


「さっきまでツアーで一緒だったからね。オフの日にわざわざ顔を合わせないよ」


「それもそうか。じゃあ今日は、ワタルさんフリーなのね。あたしが独り占めしても誰にも迷惑はかからないんだ」


 コーヒーカップを取ろうしたワタルの動きが止まった。


「なんだって? 独り占めってどういう意味だ?」


「夏休みの宿題を持ってきたの。今日は英語を教えてください、北島先生」


 梢はカバンからテキストを取り出し、テーブルの上においた。


「英語は専門外なのに……」


 英語というと沙樹の顔が浮かぶ。大学で英文学を専攻していたから、ワタルなど足元に及ばないほど得意だ。

 家庭教師の名目で呼び出せたらいいのにと考えながら、梢の持ってきた問題集をめくった。この程度の難易度であれば電子辞書と参考書があればなんとかなる。


「数学はまた別の日にお願い。近いうちに解けない問題だけ持ってくるね」


 また両手を合わせてウィンクした。

 困っている梢を追い返すことはできそうにない。バンドメンバーが相手だと厳しい決断もできるのに、相手が高校生だとそういう態度も取れない。


「仕方がないな。でも夕飯までは勘弁してくれよ。おれもいろいろと、やらなきゃならないことがあるから。少しはこっちの予定も考えてくれよ」


 と、食事まではつきあえないことをしっかり伝えた。


「解りました、北島先生。手料理は改めてお願いします」


 梢が素直に従ってくれたので、ワタルはほっと一息つく。

 意外ではあったが、理由を伝えれば引くところは引いてくれる。押しが強いだけで、引き際は解っているようだ。

 これからは遠慮せずに断ってもいいだろう。

 梢が問題を解いている横で、ワタルは沙樹から届いたメッセージを開いた。


『ごめんなさい。裕美に無理やり合コンに誘われたの。彼氏がいるって公言してなかったのがあだになったみたい。人数合わせでいいから来てって頼み込まれて断れなくて。せっかく会えると思って楽しみにしていたのに……。本当にごめんなさい(涙)』


 家庭教師が終わったら会えるように調整したのに、つくづく運の悪いカップルだ。しかも合コンとは。


「ワタルさん、ねえ、ここは〜ing、それともto?」


「ちょっと待って。〜ingは数が限定されてたから」


 がっかりした気持ちを悟られないように、ワタルは参考書をめくった。

 来週はラジオ番組の収録でFM局に行く。話すチャンスもあるだろう。それだけでも直接会える貴重な時間だ。

 仕事が一緒にできる環境にいることに、ワタルは感謝した。


以上で第二話「甘え上手とお節介」は終わりです。

次回より第三話「狙われたアイドル」に入ります。

気に入っていただけたら、評価・いいね・感想・レビューをお願いします。


お話はまだ続きますので、ぜひお読みくださいね。

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