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あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第三章

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第二話 甘え上手とお節介(九)

 相手が未成年だから余計に気を使う。別れたばかりの細井を呼び出そうとスマートフォンを手にしたタイミングで、部屋のチャイムが鳴った。


『ワタルさん、オートロック開けて』


「あ……はい」


 説教して帰らせるつもりだったが、トップアイドルのきらめく笑顔に押されて、ワタルはロビー入り口の鍵を解除した。ほどなくして梢が玄関まで来て、もう一度チャイムを鳴らす。ワタルは大きく深呼吸をし、部屋の扉を開けた。


「こ、ん、に、ち、は、ワタルさん。はい、お土産」


 屈託のない笑顔で、梢は手提げつきの小さな箱を出した。駅前にあるケーキ屋のラベルが貼ってある。沙樹もときどき利用するなじみの店だ。

 制服を着ているところを見ると、学校帰りに寄ったというのは本当だろう。


「あ、ありがとう」


 梢はちゃっかりと部屋に入り、リビングのソファーに座った。

 ワタルは念のためマンションの廊下に出て、左右を見て誰もいないことを確認する。人の気配がしないことに安心し扉を閉めた。


 追い返せない自分が優柔不断なのか。それとも梢の押しが強いのか。翻弄ほんろうされっぱなしのワタルは肩を落としてキッチンに入り、梢にふるまうコーヒーをセットする。

 持ってきてくれたケーキを皿に乗せていると、


「あたしにやらせて」


 梢が背後から声をかけてきた。手伝おうとする気持ちはありがたいが、初訪問でキッチンに入るのはいくらなんでも踏み込みすぎだ。


「お客さんは座っていなさい」


 ワタルは梢の背中を押して、リビングに戻らせた。


「お客さん扱いしなくていいのに」


「コーヒーを淹れるくらい簡単だよ。それに料理はおれの趣味だから、手伝いは不要なんだ」


「料理が趣味なの? ステキ! あたしワタルさんの手料理が食べたいな。そうだ、今日の夕飯作って」


「無茶言うなよ。ツアーでずっと留守にしてたから、材料は揃ってないんだ」


「あん、ワタルさん。そんな意地悪言わないで。それより、これを見て」


 梢はカバンから筒を取り出し、中に入った賞状を広げた。


「ワタルさんのおかげでもらった賞状よ。手料理でお祝いしてもらえたら、二学期はもっと頑張るし、大学受験も絶対うまくいくのに……」


 梢は唇をすぼめて上目遣いで、キッチンにいるワタルを見た。

 また梢が詩織と重なる。

 妹と同じ目で頼まれると、邪険にできない。当時は自分も未熟だったせいで、詩織を泣かせるような失敗を重ねた。義兄妹だけにあとで罪悪感にさいなまされた。その後悔こそが自分の弱さだ。


 ワタルはコーヒーとケーキを持ってリビングに戻った。

 テーブルの上にある賞状は、梢の努力が認められた証しだ。忙しい中で協力してよかったとワタルは心から嬉しくなる。


「おめでとう。苦手意識さえなくなれば、案外できるもんだろ?」


「本当にそう思う。頑張ってよかった。ありがと、ワタルさん」


 と言うと、いきなり梢がワタルの胸に飛び込んできた。


「わわっ」


 勢いに押されて体を支えられず、ワタルと梢は抱きあったまま床の上に倒れた。

 長く伸びた髪がワタルの頬をくすぐり、コロンの甘い香りに包まれる。


 さすがにこれはやりすぎだ。

 詩織すらこんなふうにハグしてきたことはない。


「あの……梢ちゃん……」


 ワタルは肘をついて上半身を起こした。梢はまだ胸元に顔をうずめたままだ。


「どくん、どくんって音がする」


「え?」


「ワタルさんの心臓の音。細いと思ったけど、胸板が厚いんだ」


 顔を上げた梢とワタルの視線が絡んだ。大きな瞳がすがるようにじっと見つめる。

 ただのハグだと解っていても、ワタルはどうにも居心地が悪い。


 そのとき、着信音がワタルと梢の間を割って入った。

 沙樹からのメッセージだ。今日帰ると伝えておいたから、仕事の合間に連絡をくれたのだろう。留守の間、観葉植物を世話してくれたことを思い出す。

 小さな思いやりに愛しさが募った。


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