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第二話 甘え上手とお節介(七)

 他の出演者やスタッフがワタルと梢を見ながら、こそこそと会話を始める。ベテランの女性歌手には、


「あら、もしかしておふたり、いいムードなの?」


 と、からかわれた。慌てて否定するワタルをよそに、梢は真っ赤になってうつむく。和やかな空気ができる一方で、哲哉は「少しはつつしめよ」と小声で忠告しながらワタルを肘でつついた。


 こういうことが今後も続くのかと思うと、わがまま娘になれたつもりのワタルでも、心配になってきた。


   ☆   ☆   ☆


「お疲れさまでした。今日と明日はオフなんで、しっかり休養してくださいね。来週には北海道に飛ぶんですから」


細井ほそいくんもな。荷物運びの手伝いもありがとう。じゃあまた明後日」


 ワタルはオーバー・ザ・レインボウのコンサートツアーで地方をまわり、一週間ぶりに自宅に戻った。荷物を運んでくれた細井は最近付き人になったばかりの新人で、頼りないところもある。

 だが元気いっぱいで何事も積極的に動き、仕事の呑み込みも早い。ベースの腕も確かで、次のアルバムではサポートメンバーでレコーディングに参加してもらうつもりだ。


 一週間ぶりの我が家は夏本番を迎え、閉め切った部屋にいるとあっという間に汗がにじむ。ワタルは窓を全開にし、空気を入れ替えた。日当りのいい場所におかれた観葉植物は、弱ることなく元気な姿でワタルを迎える。

 留守の間、沙樹が水やりに来てくれたようだ。


 今日こそは連絡を入れて会う約束をとりつけよう。やっととれた休みだから一緒に過ごしたい。仕事帰りに寄ってもらおうか。朝自宅まで送れば、二日続けて同じ服で出勤せずに済む。

 電車で一駅しか離れていない距離に互いの部屋を決めたのは、こういう事態にも備えられるからだ。


 デートのことで考えをめぐらせているうちに、空気の入れ替えが終わった。エアコンをつけると冷たい風が吹いてきて、肌ににじんだ汗が引いていく。タバコに火をつけ、ワタルはソファに腰を下ろした。

 時計の針は午後二時を指している。沙樹は夕方から始まる生放送の準備をしているころだ。スマートフォンの電源はオフになっているから、メッセージを送ることにした。


 ワタルはタバコをくわえ、スマートフォンを手にした。電話不精で筆不精だから、いざ書こうとすると出だしからつまずく。用件のみでは無粋すぎるし、絵文字やデコレーションで飾るようなものは書けない。

 どこまで言葉を重ねればよいかでいつも落とし所に悩み、気がつけば書き出しまでに五分以上かかることも珍しくない。


「作詞だったらここまで苦労しないのにな」


 タバコを灰皿において独りごちると、文章をまとめるためにソファを立ってキッチンに入った。頭の中で文言をいろいろと並べつつコーヒーを淹れる。

 拝啓や前略みたいな言葉は不要だが、箇条書きだと業務連絡みたいで味気ない。浮かぶ単語が多すぎて、用件を伝えるだけの連絡が歌詞に化けてしまいそうだ。


「まあ、すぐに連絡しなきゃいけないわけでもないし。仕事の終わったころを見計らって、電話をかけることにするか」


 メッセージの書き方で悩みすぎて、自分が電話不精なことをすっかり忘れている。他の人には悩まないのに、沙樹が相手だとなぜだか苦労の連続だ。

 ワタルはマグカップを手にしてリビングに戻り、ガラステーブルの上においた。スマートフォンを片手にソファーに寝ころんだとき、急に着信音が鳴り響く。こんな時間にかけてくる人物に心当たりがない。いぶかしく思いながらディスプレイを見て、ワタルは思わず声をあげた。


「……え? なんの要件だろう」


 そこに表示されていたのはKAという文字で、浅倉梢を示すものだった。



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