第二話 甘え上手とお節介(六)
オーバー・ザ・レインボウのラジオ番組に沙樹も関わっているので、挨拶を交わすのは自然なことだ。偶然隣り合わせたふりをして、ワタルは沙樹に声をかけようと決めた。
ところがちょうどそのタイミングだ。
「あっ、ワタルさーん、おはようございまーす」
沙樹まであと数メートルというところで、ワタルは呼び止められた。ふりかえると梢が駆け寄ってくる。
「オーバー・ザ・レインボウも『ミュージック・ストリート』に出るんですか?」
沙樹との会話を邪魔されて、ワタルはまたこのパターンかと、心の中で肩を落とす。だがそんなそぶりは一切見せず、いつもと同じ笑顔を作る。起伏する感情をそのまま相手にぶつけるのは、子供じみた行動だ。
ワタルはリーダーとして冷静に動くことを心がけているうちに、あからさまな感情表現を避けるようになった。
「うふふ、実はあたしも出るんですよ。生番組に慣れなくて不安だったけど、ワタルさんを見たら安心しちゃった」
「おれも本番前は緊張するよ。コンサートと違って、全国ネットだからね。目の前に観客はいなくても、カメラを通して何百万人という人が見ているかと思うと、いまだに身震いすることがあるんだ」
「意外ぃ。ワタルさんでもそんなことがあるんだ。いつも落ち着いて見えるのに。あたしみたいな歌手になりたてが緊張するのも無理ないのね」
「ワタル、おれたち先に行くぜ」
梢と立ち話をしていると、哲哉がしびれを切らした。
「あ、ああ……」
四人の仲間とマネージャーは、ワタルをおいてエレベーターの前に立った。哲哉たちと沙樹は互いに気がついたようで、何やら話している。
途中で沙樹はこちらをふりかえったが、ワタルと目が合うことはなかった。
エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴り、沙樹はワタルに気づかないまま、哲哉たちと一緒に乗った。
簡単な挨拶以上の会話はできなかったかもしれないが、直接話せるチャンスだった。それを梢に邪魔された。悪気がないのは解っているので、文句を言う筋合いはない。
やるせない気持ちで、ワタルは梢と並んでエレベーターの到着を待つ。
「ねえワタルさん、番組のあと、次の仕事ってあります?」
「今日はこれで終わりだよ」
「じゃあ一緒にお食事しましょ。家庭教師のお礼をさせて」
「月謝をもらっているんだから、そんな気遣いはいらない。だから今日は……」
断るつもりでそう言ったが、
「素敵なお店を見つけたの。個室があるから人の目を気にしなくていいのよ」
梢は店のサイトをスマートフォンに表示させ、邪気のない笑みを浮かべてワタルに見せた。逃げる口実はないかと考えているうちに、梢は予約確定をタップした。
「梢、またそんな無理を言って北島さんを困らせるんじゃないの」
マネージャーの森下が助け舟を出す。一足遅れでやってきたのは、駐車場に車をまわしていたからだろう。
「ワタルさんはOKしてくれたもん。それにもう予約しちゃった」
梢はワタルの左側に立つと、いきなり腕を組んできた。そして目をパチパチさせて「そうですよね」と相槌を求めた。
行くと返事をした覚えはないんだが、とワタルは心の中でため息をつく。
今日もまた沙樹との時間を奪われた。思うまま強引にことを進める梢に対し、妹という存在に自分がこんなにも弱かったのかと驚く。
デビューしたころ詩織を蔑ろにし、随分悲しませたことがある。梢に甘いのは、詩織への負い目が原因なのは否めない。同じミスを繰り返したくはなかった。
でも次はキッパリと断るぞと決意をしつつ、ワタルは梢たちとエレベーターに乗り、スタジオに移動する。
オンエア中もテレビに映っていない隙をみて、梢はワタルに積極的に話しかけてくる。CMに入った直後、司会者に、
「梢ちゃん、ワタルさんにべったりだね」
と微笑みとともに指摘された。すると梢は嬉しそうに頬を染め、
「だってあたし、オーバー・ザ・レインボウがデビューしたときからワタルさんの大ファンだったの。こうしておしゃべりできるようになって嬉しいんですよ」
と照れながらも堂々と答えた。




