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第二話 甘え上手とお節介(二)

 スタジオ前の廊下においてあるソファーで、ワタルは本を読み、時間をつぶしていた。

 インタビューが終わってスタジオに入ったはいいが、肝心の浅倉梢はまだいない。学校が終わり次第来ることになっていたが、車が渋滞に巻き込まれたと連絡があったそうだ。


 曲を作るにあたって、ワタルは梢のデモソングを聴いた。たしかに歌唱力はある。だがいきなりベテラン向けの曲を作るような冒険をするには、収録された曲だけでは判断できなかった。

 迷った結果、音域もさほど広くなくリズムも取りやすい曲を提供した。日下部の見立てを疑うわけではないが、生の歌声を聴いてみなければ解らないこともある。


「すみません、となりに座ってもいいですか?」


 突然の元気な声にワタルが顔を上げると、高校生くらいの小柄な少女がブレザーの制服姿で、満面の営業スマイルを浮かべて立っていた。肩まで伸びたつやのあるストレートヘアが目を惹く。このままシャンプーのCMに出演できそうだ。

 化粧をしていないところを見ると、学校が終わってそのまま飛び込んできたらしい。


「あ……ああ、どうぞ」


 ワタルは少し右にずれ、少女のために場所を空けた。

 見覚えのある顔だと思って、すぐに浅倉梢だと気づいた。テレビを通して見る役者の顔と違い、意外にも素顔は素朴だ。カメラの前では別人に変身するタイプだろう。

 自己紹介をしようと思ったが、梢はワタルに気づくこともなくソファーに座ると、数学の問題集をバッグから取り出して解き始めた。


「xがこっちに来て、因数分解の公式が……忘れた。えーと……これじゃないっ」


 問題集と参考書を並べ、頭を抱えている。その姿を見て、ワタルは我知らずくすっと笑ってしまった。梢は驚いてふりむき、ワタルを睨んだ。

 大きな瞳に戸惑うワタルの姿が映る。


「おじさん、スタッフの人ですか?」


 おじさんと呼ばれて、ワタルは自分のことだと気づくまでに数秒かかった。十歳近くも年下の女の子にはそう見えても仕方ない。


「ま、まあ……そんなところかな……」


 このタイミングで名乗るのもいいが、ワタルは今の状況をもう少し続けたいと思った。どこに行っても顔と名前を知られているだけに、その他大勢の立ち位置をみすみす手放すのはもったいない。


 それにしても浅倉梢は、肩を並べている人物が北島ワタルだと解らないものか。日下部は、梢がオーバー・ザ・レインボウのファンだと話していたが、あれはリップサービスだったようだ。

 もっとも仕事のときはステージ用にメイクをするので、素顔だと気づかれないケースも経験している。特に今日は地味なタートルネックのセーターにデニムのジャケットとジーンズを着、正体を隠すために黒縁の伊達メガネをかけている。スタイリッシュなファッションはあえて避けていた。


「宿題、解いてるの?」


「そうです。頭の中がぐちゃぐちゃになるから、話しかけないでください。おじさんは」


 梢は顔も上げず、ノートから目を離さないで返事をした。軽い気持ちで声をかけたら連続してパンチを浴びせられた。そんな気分だ。

 噂通り気の強い少女だ。仕事をする上でこの態度がわざわいしなければよいがと、ワタルは他人事ながら心配になる。だが一方で梢の態度が不快に思えなかったのが、自分でも不思議だった。


 意地を張ってがむしゃらに頑張る姿を見せられては、見て見ぬふりはできない。ワタルはノートの一箇所(かしょ)を指差した。


「移項するときは符号が逆になるだろ。それなのにほら、プラスのまま変わっていない。ここをケアレスミスしてるから、当てはまる公式のない式になったんだよ」


 教育学部で高校数学を専攻していたことや、バイトで塾講師の経験もあったので、ついお節介を焼いてしまう。悪い癖だ。


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