第二話 甘え上手とお節介(一)
第二話「甘え上手とお節介」
ワタルが沙樹に会えなかった事情を語り始める。
梢との出会いから親密な関係へと発展するまですべてを……。
「レコーディングに立ち会え、ですか?」
「ああ。彼女、北島のファンなんだ。曲を提供したのも何かの縁だ。ぜひ立ち会ってくれないか」
世の中の人たちが慌ただしく動きまわる師走のある日、ワタルは日下部に呼び出され、ライブ喫茶ジャスティを訪れた。
学生時代に入り浸っていたこの店は、オーバー・ザ・レインボウ発祥の地だ。
現在のメンバーがそろったころに合わせるように、ジャスティで定期的にライブを行うようになったのがきっかけで、プロへの足掛かりを得た。
卒業してからは訪れる機会が減ったものの、マスターとは定期的に連絡を取っている。
久しぶりに、座りなれたカウンター席でマスターの淹れるモカコーヒーを味わっていると、ワタルは日下部に、浅倉梢について頼みごとを切り出された。
「浅倉さんに結構肩入れしてるんですね。どのようなところが、お眼鏡にかなったんですか?」
ワタルは日下部が持ってきた写真集をめくった。
浅倉梢はCMやドラマでよく見かける美少女だ。デビュー当時、小学一年生とは思えない演技力が評判で、瞬く間に国民的に大人気の子役となった。
テレビドラマをあまり見ることのないワタルでも、浅倉梢の名前は知っている。日本一有名な小学生だった彼女も今は高校二年生だ。
日下部がいうには、浅倉梢が高校生になったのを機に、子役の仕事をすべて辞めさせ、本格的に演技と歌のレッスンをさせたそうだ。
そのようすを中心に撮影した写真集は、幼さをわずかに残しつつも女優へと羽化した姿を見事に記録し、浅倉梢の再登板を待っていたファンに、驚きとともに受け入れられた。
「人気子役だった浅倉が、その殻を破るための第一弾だからな。子役はいつまでもそのイメージに縛られることが多い。でも彼女は演技力に加えて歌唱力も抜群だ。うちとしても歌手デビューを絶対に成功させたい。
ところが初めてのレコーディングで、さすがの浅倉も緊張して失敗続きで、かなりまいっているんだとさ。なんとか元気づけてやりたいと思っていたところに、彼女がおまえの大ファンだという情報が入った。曲の提供者でもあることだし、北島、浅倉の応援に行ってやってくれないか」
日下部はクレセントというレコード会社の社員で、オーバー・ザ・レインボウもそこからアルバムを出している。ジャスティのマスターである本多も、脱サラ前はクレセントで日下部の指導係として、ノウハウを教えながら一緒に働いていた。
「そういえば彼女、これを機に独立事務所を作ったと聞いたが?」
手すきのマスターが、カウンターに肘をつきながら会話に加わった。
「そうなんですよ、先輩。実はそのときにちょっとしたトラブルがあって大変だったんです。うちの会社も仲介役を買ってなんとか治めましたが、さすがのおれも疲れました。そんなこともあったので、北島に協力してもらって、彼女を励ましてやりたいんです」
「日下部さん、相当のお気に入りですね。わかりました。その日は……ラジオ番組の収録と雑誌のインタビューがありますから、終わり次第行きます」
ワタルはスマートフォンで予定を確認しながら答えた。
「ラジオといえば、沙樹ちゃんは元気にしてるかい? たまには顔を見せにおいでって伝えてくれないか。寒い冬を乗り切れるように、お気に入りのココアをサービスするよ」
「番組の収録で局に行ったら伝えておくよ。マスターが会いたがってるって聞いたら、沙樹ちゃんも喜ぶだろうな」
ワタルの言葉に、マスターはうれしそうに目を細めた。
「浅倉梢か。日下部さんがそこまで力を入れるくらいだから、よほどの有望株なんでしょうね」
ワタルがつぶやきながら微笑むと、日下部は大きくうなずき、コーヒーカップを手にした。
☆ ☆ ☆




