第六話 心乱されて(八)
「北島さんと沙樹さんって、どういう関係なんだろ」
マサルが首を傾げながらつぶやいた。
「ラジオ局で顔をあわせる程度の仕事仲間に決まってんだろ。だって北島さんには、浅倉梢っていう恋人がいるんだぜ」
頬杖をついたショウが自信たっぷりに答えた。
「そのわりには修羅場っぽくなかったか?」
「マサルの言う通りだな。こんなところで仕事仲間が会うなんて偶然が起きるとも思えない。何か意図的なものを感じる」
マサルの疑問に、ヒデが自分なりの考えを話す。
好きに想像してろ、という心境のハヤトは、会話に加わらない代わりに止めもしない。
当事者のつもりだったが、結局のところ何も知らないのはメンバーと同じだ。だからあえて黙っていた。
しかしその堪忍袋は、発言を求められたことで尾が切れる。
「ハヤト、何か知ってんだろ」
「黙ってないで説明しろよ」
メンバーが口々にハヤトを質問攻めにする。知らぬ存ぜぬを通すつもりでいた。
しかし面白おかしく推測され、野次馬根性でそれが正しいのか問い詰めてくる仲間たちの態度に、ハヤトの頭の中で「ぷちっ!」という音がした。
「うるさいな! 兄さんのことだぞ。詳しいことなんて知るわけないじゃないか!」
ハヤトはどなりながら急に荒々しく席を立つ。椅子が倒れたが気に留めない。乱暴にロッカーを開けて荷物をまとめると、控え室の扉を開けた。
「おい、ミーティングはどうするんだ?」
マサルがリーダーらしく引き止める。
「何がミーティングだ。黙って聞いてれば、さっきから兄さんと沙樹さんの話題ばかり並べて。これ以上つきあってらんないよっ」
ハヤトは廊下を背にして立ち、切れ味のいい剃刀のような目つきで仲間を睨んだ。いつもは愉快なムードメーカーがひとたび怒りを爆発させると、怖さと迫力が尋常ではないことを三人は学んだ。
「それからな。兄さんと沙樹さんのことは、絶対に、だれにも、話すなよ。ひとりでも喋ったら、その瞬間からぼくはバンドを抜ける。解ったな」
ワタルと沙樹の件で、仲間が噂や週刊誌ネタの発信源になったとしたら、ここではやっていけない。中学時代からの大好きな仲間だが、裏切り行為に手を貸すようであれば、今までのようには信頼できなくなる。
ロック畑の中田やジャズバンドの近藤先輩も、以前から何度もスカウトしてくれている。残念だがそちらを選ぶしかない。音楽を続ける場所は他にもある。
肩を落とす仲間をおきざりにしてライブハウスを出たハヤトは、ふたたび駐車場に戻った。ドアを荒々しく開け、車に荷物を投げ込む。
「なんだよ、兄さんも沙樹さんも。ふたりして秘密なんか作って」
熱愛報道が始まった翌日、ワタルは突然帰ってきた。テレビや週刊誌で話題になっているから、身を隠す場所にここを選んだのは、聞くまでもなく理解できた。めでたい話題だと思っていたハヤトは、浅倉梢とのことでワタルを質問ぜめにした。
だがワタルは熱愛報道について一切語らない。浅倉梢とお近づきになれるチャンスだと期待していたハヤトだったが、そんな単純ではないことをようやく悟った。
ワタルは帰ってからほとんど外出しないし、ハヤトがいくら誘ってもギターすら弾かない。部屋に音楽が流れることはなく、引きこもりに近い状態でずっと本を読んでいるだけだ。
今日のライブにしても、遅れてきた理由が特にあるとは思えない。急に思い立って顔を出してみた程度のことだろう。外部との連絡を完全に絶っているワタルに、野暮用があるはずもない。




