第六話 心乱されて(七)
ハヤトはひとり残された駐車場でたたずんでいた。腹立ちまぎれに目の前の小石を蹴ると、狙ったようにブロック塀に当たる。だが怒りは一向に治らない。
「っくしょう、兄さんめ。ちょっとくらい売れてるからって、いい気になってさ。ったくなんだよ、あの偉そうな態度は」
不意に冷たい夜風が駐車場を吹き抜けた。
「ハ……、ハックション!」
晩秋の夜ともなると気温もぐっと下がる。ステージ衣装のTシャツ一枚には寒さがこたえた。ライブでかいた汗のせいで余計に体の芯まで凍る。ハヤトは自分の肩を抱き、震えながら通用口の扉を開けた。
仲間たちに今の出来事を説明しないで済ませる方法を考えながら、控え室まで歩く。しかしいくら考えてもごまかし切れない。なにも語らずというわけにはいかないだろう。
そう思うと、このあとのミーティングがうっとうしくてたまらなくなってきた。このまま荷物を持って帰宅したい気持ちを無理やり抑える。
首にかけたタオルを肩に背負い、ハヤトはしぶしぶ控え室の前にたった。扉を開けたとたん、仲間の視線が集中する。ハヤトは好奇な目にたじろぐことなく荒々しく椅子に座り、腕と足を組んだ。
室内を満たす空気は気まずく、ハヤトの全身にまとわりつく。
聞きたいことがたくさんあると顔に書いているくせに、みんな口をつぐんだままで不躾な視線をハヤトに絡ませてくる。
いつもならマサルがテキパキと手順良くミーティングを進めるのに、今日はいつまでたっても始めようとしない。ワタルはもちろん、沙樹やバンドメンバーの態度までもがハヤトをイライラさせる。
「な、なあハヤト、北島さんは?」
口火を切ってショウが控えめに尋ねた。
「兄さんがなんだって?」
開口一番に兄の名を出されたハヤトは、全身に怒りのオーラをまとわせてショウを睨みつける。
「そ、そういえば沙樹さんからの伝言が、おまえのロッカーにとめてあったぜ」
ショウは一瞬にして青ざめ、沙樹の残したメッセージをハヤトの前においた。そこには、急用ができたので今から帰る旨が書かれていた。詳細は不明だが、兄が絡んでいることだけは間違いない。
「まさか読んだりしてないよな」
ハヤトは強い口調とナイフのように鋭い視線でショウを攻撃した。封筒に入っていたならまだしも、メモは裸の状態で止められていた。読むなという方が無理な要求だ。
自分がこんなイチャモンをつけるくらい怒っているのを実感する。
「今夜のハヤトって荒れてんな。あいつにこんな面があったとはねえ」
ショウは小声でマサルに話しかけた。
「荒れてて悪かったなっ!」
ハヤトの大声で控え室の空気が震える。ショウは肩をすぼめ、黙ってうつむいた。
「そ、そろそろ始めるか」
マサルのかけ声で、ようやくミーティングがスタートする。だが何も発言する気になれないハヤトは、腕組みしたまま壁を睨みつけていた。初めのうちはライブの反省点が出されていたが、上っ面の話に終始している。他のことに気を取られているのは一目瞭然だ。
ハヤトは、さっさと終われよ、と心の中で毒づく。
だがミーティングは終わるどころか、いつの間にか話題がワタルと沙樹に移った。




