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あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第二章

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第六話 心乱されて(七)

 ハヤトはひとり残された駐車場でたたずんでいた。腹立ちまぎれに目の前の小石をると、狙ったようにブロック塀に当たる。だが怒りは一向におさまらない。


「っくしょう、兄さんめ。ちょっとくらい売れてるからって、いい気になってさ。ったくなんだよ、あの偉そうな態度は」


 不意に冷たい夜風が駐車場を吹き抜けた。


「ハ……、ハックション!」


 晩秋の夜ともなると気温もぐっと下がる。ステージ衣装のTシャツ一枚には寒さがこたえた。ライブでかいた汗のせいで余計に体の芯まで凍る。ハヤトは自分の肩を抱き、震えながら通用口の扉を開けた。

 仲間たちに今の出来事を説明しないで済ませる方法を考えながら、控え室まで歩く。しかしいくら考えてもごまかし切れない。なにも語らずというわけにはいかないだろう。

 そう思うと、このあとのミーティングがうっとうしくてたまらなくなってきた。このまま荷物を持って帰宅したい気持ちを無理やり抑える。


 首にかけたタオルを肩に背負い、ハヤトはしぶしぶ控え室の前にたった。扉を開けたとたん、仲間の視線が集中する。ハヤトは好奇な目にたじろぐことなく荒々しく椅子に座り、腕と足を組んだ。

 室内を満たす空気は気まずく、ハヤトの全身にまとわりつく。


 聞きたいことがたくさんあると顔に書いているくせに、みんな口をつぐんだままで不躾ぶしつけな視線をハヤトに絡ませてくる。

 いつもならマサルがテキパキと手順良くミーティングを進めるのに、今日はいつまでたっても始めようとしない。ワタルはもちろん、沙樹やバンドメンバーの態度までもがハヤトをイライラさせる。


「な、なあハヤト、北島さんは?」


 口火を切ってショウが控えめに尋ねた。


「兄さんがなんだって?」


 開口一番に兄の名を出されたハヤトは、全身に怒りのオーラをまとわせてショウを睨みつける。


「そ、そういえば沙樹さんからの伝言が、おまえのロッカーにとめてあったぜ」


 ショウは一瞬にして青ざめ、沙樹の残したメッセージをハヤトの前においた。そこには、急用ができたので今から帰るむねが書かれていた。詳細は不明だが、兄が絡んでいることだけは間違いない。


「まさか読んだりしてないよな」


 ハヤトは強い口調とナイフのように鋭い視線でショウを攻撃した。封筒に入っていたならまだしも、メモは裸の状態で止められていた。読むなという方が無理な要求だ。

 自分がこんなイチャモンをつけるくらい怒っているのを実感する。


「今夜のハヤトって荒れてんな。あいつにこんな面があったとはねえ」


 ショウは小声でマサルに話しかけた。


「荒れてて悪かったなっ!」


 ハヤトの大声で控え室の空気が震える。ショウは肩をすぼめ、黙ってうつむいた。


「そ、そろそろ始めるか」


 マサルのかけ声で、ようやくミーティングがスタートする。だが何も発言する気になれないハヤトは、腕組みしたまま壁を睨みつけていた。初めのうちはライブの反省点が出されていたが、上っ面の話に終始している。他のことに気を取られているのは一目瞭然(りょうぜん)だ。

 ハヤトは、さっさと終われよ、と心の中で毒づく。

 だがミーティングは終わるどころか、いつの間にか話題がワタルと沙樹に移った。


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