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第六話 心乱されて(四)

「そうか。なるほどね」


 とうなずき、ハヤトは中に入り、ドアを開けたままにした。


「すまない、席を外してくれないか」


「なんでだよ? せっかく北島さんが来てくれたっていうのに」


 ショウが不平を言うと、ハヤトは露骨ろこつに邪魔者扱いするような視線で見返した。ヒデとマサルも同じように追い出されることに不満を感じていたが、ハヤトの目つきは有無を言わせぬ迫力がある。


「いいから、席を、外して、く、れ」


 平坦な口調ではあったが、そこに含まれる一大決心のようなものを感じ、ショウは名残惜しそうにワタルを見てから控え室を出た。あとのふたりもしぶしぶ続くものの、不満そうに部屋を覗いている。

 ハヤトは仲間たちをキッとにらんで追い出したあとで沙樹を招き入れると、勢いよくドアを閉めた。


 そんなハヤトの態度を目の前にしてなお、ワタルは動じることなく吸い殻の火を灰皿で消す。ハヤトがいてもいなくてもどうでもいいような態度だ。

 対するハヤトはピンの抜かれた手榴弾てりゅうだんのごとく、今にも爆発しそうだ。空気がピリピリと張り詰める。緊張の中、沙樹はドアのそばに立ち、身じろぎひとつできないで、ふたりを見るしかできない。


「来てたんだ。今日の出演に変わったって話した覚えはないのにな」


「それくらい調べれば簡単に解るさ」


「わざわざ控え室まで来るんだったら、ライブが始まる前に顔を出すのが礼儀だろ」


「野暮用があったものでね」


「ふんっ。どうせ浅倉さんと電話でいちゃついてたってとこじゃないのか?」


 ハヤトはワタルを怒らせようとして、挑戦的なセリフをたたきつける。ワタルは挑発に乗ることなく、静かに二本目のタバコを取り出して火をつけた。


「あの子については、一切話すことはないと言っただろう」


 ふうと煙を吐くワタルを、ハヤトはにらみつける。何か言い返そうとするが言葉が出ない。ハヤトは身をひるがえし、ロッカーから荷物を取り出して沙樹のそばに立った。


「そういうことか。あんな態度しか取れないやつなんて無視して、さっさと帰ろう」


 だが沙樹は、このままワタルと離れていいのか解らず、ハヤトの言葉に素直に従えない。


「ハヤトにはミーティングで今日の反省会があるじゃないか。だから沙樹は(・・・)おれが送る」


 ハヤトはワタルが「沙樹」と呼び捨て・・・・したことに気づき、軽く息を呑む。


「か、勝手なこと言うなよ。ぼくらがライブしている間に、沙樹さんに何したんだ」


「何もしてないよ。少しだけライブを見て控え室に来たら、たまたま沙樹がいただけさ」


「じゃあ、なぜ泣いてたんだよ!」


 ハヤトの口調が荒々しくなっていく。だがワタルは顔色ひとつ変えず、静かにタバコをふかしている。


 沙樹はこのようなワタルを何度か見たことがあった。

 バンド内で揉め事が起きたとき、感情を一切交えず落ち着いて意見をまとめていく。今のワタルは北島ワタル個人ではなく、オーバー・ザ・レインボウのリーダーであるワタルそのものだ。


 バンドとは一切関係がないのに、どうして素顔を見せないのだろう。

 バンドリーダーの仮面はいらない。こんなときにまで、気持ちを抑えないでほしい。


「なんとか言えよ!」


「ハヤトには関係ない」


「何も語らずってわけか。ならいいよ。沙樹さん、早く行こう」


「でも、反省会があるんじゃ……」


「気にしなくていいよ。どうせあんな有名人がいたら、みんな浮き足立って反省会にならないからね」


 ハヤトは沙樹の肩を抱いて歩き出そうとする。ワタルはタバコを消し、さえぎるようにふたりの前に立った。


「どけよっ。邪魔するってんなら、納得いく理由を話せよ」


 ワタルがハヤトを見下ろす。視線がぶつかった。



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