第六話 心乱されて(三)
触れたくない話題だが避ける方が却って不自然な気がして、沙樹は挨拶を交わすような口調で平然と浅倉梢との話を切り出した。だが努力も虚しく声が震える。洞察力のあるワタルだから、動揺に気づいているに違いない。
沙樹はワタルの顔をまともに見られず視線を足元に落とす。
「ああ、それを心配してるんだね」
ワタルの答えは意外なほどあっさりしていた。沙樹がどれだけ勇気を出してこの話題に触れたのを気遣うつもりもないらしい。
ワタルはテーブルの上の週刊誌をちらっと見て、大きなため息をついた。
「本当にまいったよ。あそこまで騒がれるなんて思わなかった。さすが、トップアイドルの梢ちゃんは世間の注目度が桁違いだ」
「他人事みたいな言い方するのね」
「そうだよ」
ワタルの態度があまりにも平然としていて、沙樹の中で不安が怒りに変わった。
「そうやって、ごまかし続けるつもり?」
「そんなことはないよ。おれが大騒ぎするような話じゃないってこと……」
「いいかげんにしてよっ」
沙樹はたまらず大声を出し、テーブルを平手でたたいた。ワタルは真顔になり、沙樹を見返す。タバコの灰が灰皿にこぼれた。
「ならどうして、だれにも何も説明せずにいなくなるの? うしろめたいことがあるからじゃないの?」
沙樹の視界が徐々にぼやけ、ワタルの顔も輪郭を失う。
こんな姿をハヤトに見られたら、また心配をかけてしまう。これ以上巻き込みたくない。
沙樹は席を立ち、急いでドアを開けた。ところがタイミングの悪いことに、ライブを終えたハヤトが、扉を開けようと手を伸ばしたところだった。
「一足先に戻ってたんだね。今の生演奏、楽しんでもらえた?」
ステージを終えた充実感でいっぱいの笑顔を見たとたん、張りつめていたものがふっと緩む。流れそうになる涙を見られたくなくて、沙樹は顔を背けた。だが遅かった。
「沙樹さん、一体どうしたの? 何かあったの?」
「なんでもないよ」
「なんでもない人が、泣いたりしないよ」
ハヤトが首にかけたタオルで沙樹の涙を拭こうとしたとき、あとのメンバーが戻ってきた。仲間たちはふたりを横目に控え室に入った。
「一度控え室に戻ろ。ね」
ハヤトはタオルで沙樹の涙を拭き取りながら、優しい言葉をかける。
だめだ。無理にでもふりはらわねばならない。このままではまちがいなくハヤトにすがってしまう。
「ううん。あたしもう帰るから」
「連日のライブハウス巡りで疲れたんだね。ミーティングにも出て欲しかったけど仕方ないか。キーを取ってくるから沙樹さんは駐車場で待ってて」
ハヤトが扉に手を伸ばしたときだ。控え室から歓声が聞こえた。
「北島さん、来てくださったんですね」
ドアノブをつかもうとしたハヤトの動きが、一瞬ためらいを見せる。
「北島……ワタル?」
そしてふりかえり、もう一度沙樹の顔を見つめた。




