表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/113

第五話 かすかな予感(九) 

 哲哉なら何か知っているかもしれない。


 沙樹は店を飛び出し、人通りの少ない路地で哲哉に電話をかけた。この前のように彼女が一緒かもしれないが、そんなことを気にしている余裕はない。

 呼び出し音ひとつが長く感じる。四回のコールでやっと繋がった。


「得能くん?」


 はやる気持ちを抑えつつ話しかけたが、肝心なときに限って留守番電話サービスに切り替わる。

 当てが外れてがっかり半分、そして解答が得られなくて苛立つ気持ちが半分混ざったまま、沙樹はスマートフォンを切ろうとした。ところが慌てた拍子に手が滑って、ディスプレイにニュース一覧が表示された。


 一番見たくない芸能人の顔と「浅倉梢、交際を告白?」という見出しが書かれている。


 事実を受け入れたくない沙樹は、哲哉に対し強気な発言をしたものの、ネットを避けていた。だが目に入ってしまった今は、興味を抑えられない。

 震える指で記事の本文を表示させる。それは今日発売された週刊誌の記事だった。ふと顔を上げると、一ブロック先にコンビニエンスストアがある。沙樹はそこで一部購入し、記事にざっと目を通した。


 浅倉梢と一緒にホテルのロビーにいるワタルの写真が、見開きで大きく掲載されている。服装からすると、最近の写真であることは間違いない。


「なんだ、ふたりで東京にいたんだ……」


 ワタルと浅倉梢はそろってどこかのホテルに身を隠していた。報道の渦中かちゅうにいるふたりが一緒に過ごすなど、どう考えても軽率としか思えない。

 いや違う。恋人同士だから、事実を報道されたところで何のダメージもないのだろう。


「そういうことだったのね」


 沙樹の行動は独り相撲だった。哲哉がいくら応援してくれても、人の心はつなぎとめられない。ワタルの誠実さ、やさしさ、そして愛は、沙樹の元から浅倉梢のものとなった。


 片や、超人気アイドルでだれからも好かれる才能にあふれた少女。

 片や、FM局に勤めていながら音楽に関してはまったくの素人。

 比べるまでもない。十人いれば十人全員が梢を選ぶ。


 木枯らしが通りを駆け抜け、街路樹の枯葉を舞い上がらせた。昼間は暖かくても、夜になれば気温はぐっと下がる。

 肌を刺す冷たい風に、心の奥にある残り火を消してもらいたい。

 このまま気持ちを残しているなんて、あまりにも悲しくて滑稽こっけいだ。



 沙樹はライブハウスの前で立ち、ぼんやりとワタルのことを考えていた。

 心変わりなら、はっきりと別れの言葉を告げればいい。その気もないのにつなぎとめておいて、別の人とつきあっている姿を見せるなんてあまりにもこくすぎる。

 ワタルとは長いつきあいだったが、こんな形で人の心を弄ぶような残酷な男性だとは、夢にも思わなかった。


 だが沙樹は心の片隅かたすみで、こんな終わり方をする日がくるような気がして、ずっと恐れていた。

 仕事中心ですれ違いばかりの日々。人気のミュージシャンとラジオ局の社員では、住む世界が近いようで遠い。


 デビューまで苦労を共にした恋人を捨て、綺麗な女優とつきあい始めるという話は珍しくはない。いつまでも続くと思っていた自分が甘かった。

 哲哉に励まされ、ありもしない希望を信じていた。でも、もうすべては終わった。

 ライブハウスに戻ろうとするが、一歩が踏み出せない。

 ハヤトがワタルの弟かもしれないという可能性が怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ