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第五話 かすかな予感(八)

 沙樹は初日に聴いたハヤトたちの曲を思い出した。あれは影響を受けすぎたオリジナル曲ではなく、自分たちでアレンジした曲だったのかもしれない。

 アルバムと違う表現方法をとっていたので、沙樹はそれに気づかず、これから個性を身につけなくてはいけないと勝手に解釈していた。


 それはまちがいだった。その証拠に、観客は彼らのコピーの仕方をバンドの個性として楽しんでいる。


 だが沙樹には、個性やチャレンジというにはあまりにも無謀な行為に思えた。ここまでやるなら、同じ曲を演奏する意味はない。解釈の仕方が既に個性的なのだから、オリジナル曲を演奏すればいいだけだ。


 それが解っていてなお、異なった解釈をする。何かから逃れたくてたまらず、必死にもがいている。

 何がハヤトたちをそこまでさせるのか。沙樹は演奏を聴きながら真意を図ろうとした。


 解決の糸口は、次の曲に入ったとたん見つかった。

 

「あれ、ワタルさん……?」


 最新アルバムの中で、初めての試みとして、ワタルがリードボーカルを担当する曲が作られた。

 哲哉の歌い方とは異なり、言葉ひとつひとつを丁寧に優しく扱うワタルの歌は、バンドのカラーをさらに広げてくれた。

 今ハヤトが歌っているのがその曲だ。


 今までと印象が百八十度変化した。もがくように追い続けていたはずの自分たちによるアレンジが影をひそめた。

 努力のあとは伺えるがうまく表現できていない。何をやっても最後には、単なる歌まねに戻る。


「なにこれ。ワタルさんが歌ってるの?」


 沙樹は目を閉じてハヤトのボーカルに耳を傾けた。まぶたに浮かんでくるのは、ハヤトではなくワタルの姿だ。


 沙樹は目を細めてステージ上のハヤトを見つめた。

 何気ないしぐさ、曲の解釈、いい意味での感情を抑えた歌い方、途中で客席に視線を送るタイミング——どれひとつ取ってもワタルを連想せずにはいられない。

 

 ヴィジョンが重なる。目の前のハヤトが消え、ワタルに変わる。

 

 今まで気づかなかったが、ハヤトの声はどこかワタルに似ていた。

 あと十五センチ背を高くする。少しだけ髪を伸ばし、軽くウェーブをあてて脱色する。

 ほんの少し手を加えただけで、ハヤトはワタルになってしまう。


「まさか、そんなことって……」


 夫婦が離婚するとき、子供がひとりとは限らない。ふたりいたら幼い方を母親が引き取る可能性は充分ある。


 できすぎた偶然だと思う一方で、沙樹は自分の勘を否定しきれないでいた。

 だがそんな理屈はどうでもいい。今まで何度となくハヤトからワタルを連想していたのに、なぜこの結論に達することができなかったのだろう。


「ハヤトくんとワタルさん、もしかして……兄弟なの?」


   ☆   ☆   ☆



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