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あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第二章

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第五話 かすかな予感(六)

 この街のライブハウスで、ワタルのサインをおいているところはなかった。ある意味、予想通りの結果だ。

 哲哉と約束した通り、これ以上の深追いはしない。

 

 これでよかったのだ、と沙樹は思う。

 ワタルの気持ちが浅倉梢に向いている以上、実家を見つけたところで、どうしようもない。行けば会えるとしても、会いたくなかった。


 ハヤトたちは控え室で声がかかるのを待っている。みんな口を開くことなく、それぞれのやり方で気持ちを集中させている。

 ハヤトにいたっては、今まで見せたことのない鋭い視線で、大胆にも口元に小さな笑みを浮かべていた。


「ザ・プラクティスさん、出演の時間ですよ」


 控え室の扉が開き、バイトのウェイトレスが知らせに来た。


「じゃあ今日も全力で行くぜっ」


 メンバー四人で円陣を組みマサルがげきを飛ばすと、おおっ! と力強い声が上がる。それぞれが自分の楽器を持ち、部屋を出る。

 ハヤトもギターを手にし、三人に続いて部屋を出ようとした。


「ハヤトくん。待って」


「え、なに?」


「右耳のピアスがゆるんでる。きちんと止めておかないと、ライブの途中で外れちゃうよ」


 ハヤトは鏡の前に立ち、髪をかき上げて確認した。


「ほんとだ。ありがと。でもよくこんな細かいことに気がついたね」


 ハヤトは手で確認し、止め直しながら問いかけた。

 オーバー・ザ・レインボウがアマチュアのころ、沙樹はいつも最終的な身だしなみをチェックしていた。もう何年もしていないが、そのときの勘はまだ残っている。


「緊張してる?」


「少しね。でもこれくらいの方が、いい演奏ができるよ」


「がんばってね。ちゃんと見て……」


 沙樹は最後まで言えなかった。視界が遮られ、口元に柔らかいものが触れた。沙樹の唇にハヤトのそれが重なっていた。

 

 だめだ、こんなことは。

 離れなくてはいけない。

 なのに、抵抗、でき、な、い……。


 沙樹はハヤトの両手に頬を包まれた。温もりが心に渦巻く黒い雲をかき消す。


 どうして? なぜ抵抗しないのか? 沙樹の中でふたりの自分がお互いを責め合っている。

 流れに身を任せろとささやく自分。

 理性を取りもどせと叱責する自分――。


 ふっと力が緩められたかと思うと、ハヤトの唇がゆっくりと名残惜しそうに離れた。


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