第五話 かすかな予感(四)
「沙樹さん、道に迷ったかなんかで、困ったんじゃないですか? そこに偶然ハヤトが通りかかったって感じ? ハヤトってお節介だから、それを見て声をかけてきたんでしょう?
でもここだけの話、ハヤトがお節介を焼くのは女性限定なんですよ。俺たちには冷たいのなんのって」
「こらショウ。沙樹さんに何を吹き込んでるんだよっ。お節介なのは認める。でも女子限定じゃないぞ。
老若男女、困ってる人を放っておける人の方がおかしいんだよ。人は助け合って生きるもんだろ」
「なんだよ。急に主語を大きくしちまって。でもそのわりにいつまでも彼女ができない、悲しいキャラなんだよな」
「悪かったな。どうせぼくはいつもフラれてばかりだよ。そして毎夜枕を濡らしてるんだ」
しくしくと泣きまねをするハヤトに、ショウがさらなる攻撃をしかける。
「身長が災いしてるんだよ」
「いいんだっ! 身長なんて気にしないって言ってくれる女子を探すっ。最近じゃカワイイは正義なんだよ」
「でも結局はカッコいい男子に彼女ができるんだぜ」
そう言うとショウは前髪をサラッと掻き上げた。
確かにルックスはバンド内で一番だ。多少のヤンチャさもあるようなので、バンドの中で一番の人気者になれそうだ。
「今日のハヤトはいつもよりテンションが高いな。大丈夫か?」
ふたりが掛け合い漫才のような会話をしているのを見て、マサルが腕を組み、眉間にしわを寄せてつぶやいた。
「沙樹さんがいるからな。音楽業界の人にいいとこ見せたくてガチガチなのさ」
ヒデは軽く聞き流し、手元の楽譜をめくっている。それを見たマサルが、急に手をパチンと叩いた。
「解った。今日はオーバー・ザ・レインボウのコピーをするからだよ。ハヤトには特別な思い入れがあるからな」
「ああ、確かに。よし、今夜のライブはいつも以上に気合を入れようぜ。ハヤトのために」
ヒデは楽譜を閉じて親指を立てた。
特別な思い入れとは何を指すのか?
ハヤトとの間でオーバー・ザ・レインボウが話題に出たことはあったが、そんなものは少しも感じられなかった。
好きだとは話していたが、それ以上に何があるのだろう。
「ねえ、思い入れってどういう意味ですか?」
マサルは、あっと言って掌で口元をふさぎ、ごまかすように視線を逸らした。
「マサル。おしゃべりしてないで、そろそろ準備に取りかかってくれよ」
「すまない。今行く」
ハヤトの突然の指示で、マサルは沙樹との会話を中断し、そそくさと店内に移動した。おかげで沙樹は答えを聞き出せなかった。
偶然とはいえ邪魔されたのが恨めしかった。
そのとき沙樹は唐突に、ワタルのサインがこのライブハウスにあるような予感がした。
浅倉梢が交際宣言をしたあとだ。見つけたところで今さらワタルに会いに行くつもりはない。それでも確認したい衝動を抑えられなかった。
「ハヤトくん。あたしも手伝うことない?」
「サンキュー。じゃあ、あれを持ってって」
ハヤトはテーブルの上に置かれている人数分の楽譜を指さす。沙樹はそれを持ち、店内に入った。




