第五話 かすかな予感(三)
「この辺でぼくたちのバンド、ザ・プラクティスのメンバーを紹介するよ。このでっかいのがドラムのマサルこと乾優。うちのリーダーで、見ての通り体力自慢。というわけで力仕事も担当してるんだ」
といって、最初に声をかけてきた人物を指した。がっしりとした体格で、長髪を後ろで一つに束ねている。八十年代のハードロックバンドから出て来たような雰囲気だ。
「こっちがベースの久保翔太。通称ショウ。あいつはキーボードのヒデで、本名は戸田英嗣。ヒデは小学生時代からの腐れ縁なんだ」
前髪に赤いメッシュを入れた中肉中背のショウは、元気いっぱいに手をふる。白いTシャツに重ね着した臙脂色のベストと髪の色が映えている。おしゃれな人物だ。
黒縁のメガネをかけたヒデは、カジュアルなジャケット姿で、礼儀正しく立ち上がり会釈をした。
「そして、ぼくがギターとボーカルのハヤトくん。この街の逸材、未来のスーパースターまちがいなしだよ」
出会いのときにプロを目指しているかを訊いたら、上手い具合にはぐらかされた。
でも今は自分がそのときの返事を忘れたように、かなりハイテンションで話を続けている。
旅館を出たときはいつもと変わらなかったのに、店の駐車場に車を停めた途端、様子が一変した。
沙樹が戸惑っていると、
「ライブ直前のハヤトはいつもああなんです。本人に言わせると、本番前にテンションを上げないとステージで失敗するんじゃないかって不安になるらしいんですよ。
それを忘れるために意識してやってるらしいけど、初めて見ると驚きますよね」
マサルが沙樹に近づき、こっそりと耳打ちしてくれた。
「だれでも本番前は緊張します。ハイにならないとやってられないのは、みんな同じだから」
マサルは頭をかきながら照れ笑いした。
哲哉やワタルたちオーバー・ザ・レインボウのメンバーにはあまり見られない姿だ。ライブ直前の彼らは、波ひとつない水面のように穏やかに開演を待っている。
踏んできた場数の違いかもしれない。
「マサルさんは落ち着いて見えますよ」
「ステージまでまだ時間がありますからね。ハヤトはああ見えて繊細だから早い時間からあんなふうになるけど、オレは鈍いから直前まで実感がわかないんです。
それより、沙樹さんはハヤトとどういう知り合いなんですか。昼の練習で急に『あとで東京のFM局の人を連れてくる』って言いだしたから驚きましたよ」
そう言いながらマサルは、どうぞ、と沙樹に椅子を勧めてくれた。ややこしい出会いなので返事に困っていると、ショウが会話に加わる。




