第五話 かすかな予感(一)
第五話「かすかな予感」
ハヤトたちのバンドがライブを行う日になりました。控え室でバンドメンバーを紹介されます。
沙樹は準備を手伝いながら、ワタルのサインを探しますが……。
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更新がしばらく途絶えてしまい、すみませんでした。
体調を整えつつ、なるべく毎日投稿できるように頑張ります。
とりあえず20日分は予約しましたので、引き続きよろしくお願いします。
食堂におかれたテレビから、今週の芸能ニュースが流れてくる。
沙樹は朝食を取りながら、レポーターの解説をぼんやりと聞いていた。
ゴールデン・ウィーク前後からワタルと浅倉梢のツーショットが何度も目撃されていること。両方の事務所からは「いいお友達です」とコメントが出ていること。
だが梢は自分のブログでワタルへの気持ちを認め、現在はいいおつきあいをしている、と公にした。
この温度差は、事務所の反対を押し切ってでもいい関係を続けたい、というふたりの意思の表れではないかと推測されていた。
昨夜のことが夢ならば、どんなによかったか。でもときに現実は残酷な結果を呼び寄せる。
だから沙樹は、昨夜は一睡もできないのではないかと恐れていた。しかし幸運なことに、布団に潜り込んだとたん眠りに落ちた。
心がいくら悲鳴を上げていても、疲れた体は休養を望んでいる。入浴中にも考えたが、自分は意外とタフなのかもしれない。
「沙樹さーん、おはようございまーすっ」
明るいテノールの声が食堂に響く。遅くまで起きていたのにハヤトは変わらず元気だ。
沙樹は、不意に昨夜のことを思い出した。雨の中で自分の晒した醜態を考えると、まともに顔をあわせられない。
対するハヤトは何事もなかったように、いつもと同じ調子で沙樹の正面に座った。
「気分はどう? 風邪ひいてない?」
「あ……うん、おかげさまで」
「よかった。旅先で寝込んだら面倒だもんね」
ハヤトは頬杖をついて真顔で沙樹の顔を見つめた。
「え、なんなの?」
「いや、残念だけど睡眠不足みたい。目の下にクマさんがいる」
「えっ、そんなはずは」
今朝メイクをするときに鏡を見たが、隈などできていなかった。それとも自分で気づかなかっただけか。
洗面所に駆け込んで確認しようと沙樹が立ち上がりかけたときだ。
「うっそだよー」
ハヤトはクスッと笑い、舌を出した。からかわれたことに気づくまで、沙樹には数秒の時間が必要だった。
「ひどいなあ、お姉さんをネタにして遊ぶなんて」
「そうだね、お年寄りは敬わなきゃ」
「お年寄りって……まだ二十代半ばなのに」
沙樹はハンカチを目頭に当てて泣くふりをした。やられてばかりなのは悔しい。ハヤトの顔が急に青ざめ、両手を広げて胸元で左右にふる。
「ごめんなさいっ。沙樹さんはお年寄りじゃありません。ほっぺたはすべすべしてて、赤ちゃんみたいに弾力があった……から……」
雨の中、濡れた顔をハヤトに拭いてもらったときの感覚がよみがえり、沙樹の頬が熱くなった。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。昨夜はありがとうね」
「いいよ、気にしないで」
不意にハヤトの口元の笑みが消え、沙樹を真顔で見据える。
沙樹は自分の気持ちが解らなかった。去っていった人と、そばで優しくしてくれる人。勘違いしてはいけないと言い聞かせても、心にブレーキがかからない。
ハヤトが誰に対しても分け隔てなく親切なのは、ライブハウスで友人と会ったときに見たというのに。
「そうだ。ゆうべ沙樹さんが電話で話してた人から伝言があったよ。『あいつのことは気にせず戻ってこい』って。バタバタしてすっかり忘れてたよ。ごめんなさい」
「ううん、いいのよ」




