プロローグ(四)
ライブハウスの裏には小さな駐車場があった。
晩秋の冷たい空気が体温を奪う。
凍てつく空には満天の星が広がっている。
繁華街の明かりもさほどきらびやかではなく、高い建物も少ない。星ひとつひとつが鮮明に見える。
ハヤトは隅に停めた黒い軽自動車に荷物を入れ、助手席に沙樹を乗せると、運転席に座った。
エンジンをかけた途端、オーバー・ザ・レインボウの最新アルバムが車内を満たす。
沙樹の目にワタルの顔が浮かんだ。
音楽に耳を傾ける沙樹に「お姉さん、オーバー・ザ・レインボウ好きなの?」とハヤトが訊ねた。
「ええ、ま……まあね」
本当は「大好きだよ」と答えたいが今の沙樹はそれが言えない。
「ぼくも好きだよ。うちのバンドもよくコピーしてるんだ」
ワタルのことを知らないかと口を開きかけたが、流石にそんな偶然はないだろうと、沙樹は唇を結ぶ。
「ねえねえ、お姉さんって東京から来たの? ここに来るのは初めて? どんな印象持った?」
沙樹が黙り込むと、会話が途切れるのを恐れるかのように、ハヤトが矢継ぎ早に質問してきた。
「ねえ、それよりさっきから気になってるんだけど、『お姉さん』はやめてくれない?」
「ごめんなさい。じゃあ、ええと……」
ハヤトが言葉につまったのを見て、沙樹は自分が名乗ってないことに気づいた。
「あたしは西田沙樹。よろしくね」
「西田さん……? なんかしっくりこないな。沙樹さんって呼んでもいい?」
「え? そうしたいなら別にいいけど……」
初対面から沙樹をファーストネームで呼ぶ人が、ワタル以外にもいるとは思わなかった。
恋人との出会いを思い出しながら、名刺を取り出しハヤトに渡す。
「シートサイドステーション……ってFM局? うわあ、すっげえ、めちゃくちゃすごいや。ラジオってことはマスコミ関係だよね。
いいなあ。日本だけじゃなくて、海外のトップアーティストなんかも来日中にゲストに来るんでしょ。かっこいいなあ」
十代のにぎやかな少女を思わせるような、派手なリアクションが返ってきた。