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第四話 冷たい雨(一)

第四話「冷たい雨」


沙樹がハヤトに連れて行かれたのは、ホテルの最上階にある、彼がアルバイトをしている店でした。

そこで小さな街並みを見渡しながら、ハヤトは今の気持ちを吐き出そうとします。


**********


一日更新が開いてしまい、すみませんでした。

体調を整えつつ、なるべく毎日投稿できるように頑張りますので、引き続きよろしくお願いします。

 夕方、沙樹はハヤトに案内されて、ホテルの最上階にあるバーにでかけた。

 小さな街が見渡せるこの場所はそれだけでも魅力的だが、ジャズやポップスの生演奏もあり、週末ということもあって店内のシートはすべて埋まっている。


 ハヤトは夜景がよく見渡せるように、窓際のテーブルを予約していた。

 沙樹は目を閉じてメロディーに耳を傾けた。先日ハヤトが歌っていたジャズのスタンダードナンバーだ。


「きれいなメロディの曲だね」


 ハヤトがうなずく。沙樹の持つグラスの氷が溶けて心地よい音をたてた。


「ライブハウスをまわったけど、どうだった?」


「どうって?」


「いいアーティストがいるかってあれだよ」


「企業秘密」


 沙樹は人差し指を唇に当て、目の前のグラスを手に取った。


「教えてくれないの? 沙樹さんのいじわる」


 ハヤトは唇を尖らせ、グラスを手にした。


「もしかしてソフトドリンク?」


「来週の予定だったけど、急遽きゅうきょ二週続けて演奏することになったんだ。実をいうと一度前の日に飲みすぎて、ライブで声の調子が戻らなかったことがあってね。だから前日は飲まないことにしてるんだ。

 ベストコンディションで臨まないと、来てくれる人に失礼でしょ」


 そうなんだ、とうなずいて、沙樹は窓の外に広がる夜景を見下ろした。

 都会で見慣れたものと比べると灯火も少なく、閑散としている。光を追うと夜景が遠くで途切れていた。


「あの辺りは海だよ。灯台はあっても家がないから暗くなるんだ」


 ハヤトは灯りのない辺りを指さす。


「こうして見ると本当に小さな街だね。いくら人気があっても、所詮しょせんは狭い中での自己満足に過ぎないんだな……」


 左手で頬杖をつき、ハヤトは灯りの消えたあたりを見ている。


「そう思うなら都会に出て実力を試したくはない?」


「簡単にいうんだね。関東に住んでる人と違って、ぼくらは行くだけでも大変なんだよ」


 交通費だって莫迦にならないし、大学サボるわけにはいかないし、卒業した後でも住むとなったら家も探さないといけないし、とハヤトはぼやく。


「バイトだけで生活するって大変なんだから。夢を追いかけるのはそんなに甘いことじゃないんだ。余程の覚悟がないとできないよ」


 東京に住んでいる沙樹は、上京するだけで大仕事だと考えたことはなかった。


「そうだ。卒業したら東京に行くから、その時は沙樹さんの部屋に転がり込んでもいい? 執事になって家事一切やるから。どう?」


「ちょっと、それなに? ワンルームに一緒に住むってこと? それって同棲って意味だよ。ったく冗談じゃない」


 沙樹は自分でも赤面しているのが解った。この手のジョークには昔から免疫がない。


「ごめんなさいっ。やだなあ、沙樹さんってすぐ本気にするんだから」


 ハヤトは両手をあわせて頭を下げる。火照った頬を冷やそうと、沙樹はおしぼりを当てた。

 ちょうどそのとき、ふたりの座るテーブルにチョコレートの入ったカクテルグラスがおかれた。見上げると、年配のマスターが優しいまなざしでハヤトを見ている。


「お嬢さんにサービス。ハヤトが女性を連れてきたらおごるって約束だったんですよ。その日から一年、フラれてばかりのこいつに、やっと彼女ができたかと思うと感無量です。

 ハヤトは一見お調子者だけど、根はいいやつですよ。雇い主の私が保証しますよ」


「ち、違うって。沙樹さんに、生演奏のあるところに行きたいって頼まれたから連れてきたんで、彼女って訳では……」


 ハヤトは手で顔をあおぎながら、慌てて否定する。


「今になってなんだい。そんなに照れなくてもいいんだよ」


「本当のことなのに信じてくれないの? あんまり従業員をからかってると、バイトめるよ」


「おや、それは困ったな。今週休まれてるだけでも痛いというのに」


「ごめんなさい。来週はきますから」


 両手を合わせて謝るハヤトにマスターは苦笑いを浮かべると、そそくさとカウンターに戻った。


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