第二話 揺れる想い(二)
「沙樹さん、どうしたの? 顔色が悪いよ。もしかして部屋が寒くて風邪をひいたの?」
沙樹がわずかに陰りを見せただけなのに、ハヤトは見逃さない。
それはワタルといたときに感じる安心感にも似て、ともすればそれに頼ってしまいそうになる。
「ううん、大丈夫。元気よ」
「よかった。じゃあ、これからぼくがいろいろ案内するよ。もちろんライブハウスも」
「案内って、大学は?」
「ところが運のいいことに、今週は大学祭のおかげで講義がないんだ」
時期的にはそうだろうが、鵜呑みにはできない。さりとて疑うのも申し訳なくて、沙樹はハヤトの言葉を信じることにした。
「支度ができたら裏の駐車場に来てね。先に行って待ってるよ」
それだけ言い残すと、沙樹の返事も聞かずにハヤトは姿を消した。
その元気と明るさ、そして不思議な懐かしさが、ともすれば沈んでしまいそうな沙樹には何より心地よく、安らぎとなっていた。
☆ ☆ ☆
市街地の駐車場に車を停め、ハヤトはアーケード街を歩く。せっかく観光に来たというのに、見慣れた名前の店が並ぶ商店街には興味が出ない。
こんな時間にライブハウスが開いているはずもないので、沙樹はハヤトの目的がつかめなかった。
「どこに行くの?」
「いいところだから期待して」
こんな街中に何があるのかと訝しく思いながら、沙樹はハヤトと並んで歩いた。
晩秋の青空が広がり、暖かな空気が心地よい。路面電車が街の中をのんびり走る。ゆったりと流れる時間が、疲れた心を癒してくれる。
沙樹はハヤトの横を歩きながら、行き交う人の群れの中にワタルを捜した。店の中、通りのむこう、バス停の列に、横断歩道を渡る人たち。無駄な努力と解っていてもやめられない。
予想通り見つけられなかった沙樹は、気落ちしながらハヤトに視線を戻した。
「あ、あれ?」
すぐ横を歩いていたはずなのに姿が見えない。曲り角ではぐれたのか。沙樹はその場に立ち、あたりを見まわした。
「ねえハヤトくん、どこ行ったの?」
またおきざりにされた。何も言わずに行ってしまった。信頼した人は突然姿を消す。
いや……いやだ。いや、だ。
おいて、行かないで。
ひとりにされるのは、もう絶対に、い、や、だ!
沙樹は目を固く閉じて、両手で耳を塞ぐ。大声で叫びそうになったその瞬間——。
不意に誰かが沙樹の肩を軽く叩いた。
「もう、ちゃんとついてきてくれないと、迷子になっちゃうよ」
沙樹は恐る恐る目を開ける。
「あ……」
目の前にいたのはハヤトだ。
ほっとした表情は日だまりのように温かい。気づかいが沙樹の全身に行き渡り、孤独という氷を溶かす。
沙樹は胸の鼓動が高まり、顔が火照った。慌ててうつむいたが、気づかれたかもしれない。なぜこんなにも動揺するのだろう。
対照的に、ハヤトは何事もなかったように沙樹の手を取り、スクランブル交差点を渡った。そしてビルとビルの間にある、狭い通りに入った。




