表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/113

第二話 揺れる想い(一)

第二話「揺れる想い」


昨夜の出来事のおかげで、沙樹の気持ちに何かの変化が生まれるのでした。

 翌朝、朝食を終えた沙樹は食堂に残り、タブレットでライブハウスを検索していた。

 背後に人の気配を感じたと同時に、


「沙樹さん、おはようございまーす」


 と、とびきり元気のいい声がかけられた。顔を見なくともハヤトだと解った。


「おはよう」


 沙樹は画面から目を離さず、形だけあいさつを返す。


「ゆうべはよく眠れた?」


「ええ。おかげさまで」


 ごく普通の会話を続けるが、沙樹はハヤトの顔を見ることなくタブレットの操作を続ける。

 我ながら意地悪な態度をとっているのだと思うが、どうしても画面から目が離せない。


「ふーん」


 ハヤトの声のトーンが落ちた。機嫌を損ねたのかもしれない。沙樹の胸がかすかに痛んだ。


 ハヤトの気配を感じたときから、沙樹の緊張が始まった。

 初対面のときに感じた不思議な懐かしさと、部屋に案内されたときのハプニングが原因で、自分の中にどんな感情が生まれるのか解らない。

 ハヤトがいる安心感と、気持ちを乱されるのではという不安。どちらが強くなるのか予想すらできない。


「ねえ、何調べてるの? あれ、ライブハウス?」


 ハヤトは横に座りタブレットを覗き込んだ。息づかいが聞こえそうな距離が苦しい。


「そうよ」


「わざわざこんな田舎で? 観光地めぐりもしないの?」


「どこへ行こうとあたしの勝手でしょ。それともあたしの行動が気になる?」


 惑わされる自分が嫌で、わざと突き放すような言い方をした。ところが、


「うん。とーっても気になる」


「……え?」


 耳元でささやかれたような気がして、沙樹は指の動きを止めた。

 聞き間違いかと思ったが、それはない。ハヤトは確かに、沙樹の行動が気になると言った。

 ハヤトの意図が図れない。でも視線を合わせる勇気がない。


「ライブハウスなら、ぼくが案内するよ」


 ハヤトは突然、沙樹の見ているタブレットを取り上げた。


「ちょっと、何するの? 邪魔しないで」


 突然の行動に沙樹は思わずハヤトを見た。

 視線がぶつかった途端、沙樹は胸の鼓動が高まる。


「やっとふりむいてくれたね」


 そこに不機嫌な顔はなく、いたずらっ子が「してやったり」という得意げな顔で沙樹を見ていた。

 社会人の自分が大学生の男の子にからかわれている。そう思うと沙樹は頬が熱くなる。


「沙樹さん、ぼくのことを避けてない?」


「そんなことないって。調べ物に夢中だっただけよ」


「ほんと?」


「ハヤトくんを避ける理由なんてないでしょ」


 無理して自然な表情を作るうちに、頬の紅潮が引いてきた。


「よかった。気に障るようなことしちゃったかなって心配してたよ」


 ハヤトは屈託くったくのない笑顔を向けた。

 なぜだろう。懐かしくて優しい微笑みが、沙樹の胸をかすめる。


 そのときだ。突然浅倉梢の名前が耳に飛び込み、沙樹は厳しい現実に引き戻された。だれかが食堂のTVをつけたようだ。


 芸能ニュースで、ワタルたちの話題が取り上げられていた。映画の舞台挨拶に登場した梢に「おつきあいは順調ですか?」とレポーターが問いかける。肯定も否定もせず、笑顔であしらっているようすが画面に映った。

 中途半端で思わせぶりな態度が気にさわった。


 ワタルと浅倉梢の記事が世間をにぎわし、新聞もTVも次々と新しい情報を投げてくる。無防備の沙樹に容赦なく。


 浅倉梢の顔を見るたび、彼女の肩を抱くワタルがちらつく。

 この瞬間もワタルは、沙樹ではなく浅倉梢の手を取っているかもしれない。

 ワタルの優しい瞳に映るのはだれだろう。最近までは、自分以外に存在するとは思えなかった。


 だが今は、そんな自信すら持てなくなっている。

 鋭いナイフで斬られたように痛みを感じ、それに耐えながら沙樹は芸能ニュースを聞き流していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ