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あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて  作者: 須賀マサキ
第二章

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第一話 すきま風と大きな手がかり(四)

「仕事と言えば、得能くんは曲作り進んでる?」


『だめ、まーったく進んでない。一応数は作っているけどさ。アルバムのテーマが決まってないから、思うようにまとまらないんだ。ワタルの抜けた穴は痛いよ。

 無事に帰ってきたら、あいつをどこかにまつっておこうと思ってるとこさ』


「祀る?」


 金の屏風びょうぶを背にして床の間に飾られているワタルの姿を想像し、沙樹は失笑した。


「それって、いいかも」


『だろ? なんなら西田さんも横に座りなよ。ふたりでおひな様になれるぜ』


「遠慮する。見てる方が楽しそうだもん」


 哲哉は努めて気分をなごませてくれる。


 仕事の進捗を考えれば、沙樹以上に大変なのかもしれない。なのに、それを微塵も感じさせない。

 いつもの調子で雑談を交わしているうちに、沙樹は心の底に巣食っている重い物が消えているのを実感した。


『じゃあな。また何か思い出したら連絡するよ。おやすみ』


「得能くん、待って」


 沙樹は電話を切ろうとする哲哉を止めた。特別言いたいことがあったわけではない。もう少し声を聞いていたかった。


『なんだい?』


「えっと……ありがとうね」


 いろいろな感情が溢れてきて、それらを悟られないように普通に答えたつもりだった。だが。


『にし——沙樹さん。大丈夫?』


 哲哉は珍しく沙樹を名前で呼んでくれた。


「うん、大丈夫だよ」


『泣いて……ないみたいだな』


 こちらの顔は見えないはずなのに、哲哉にはすべて見抜かれている。

 声だけですべてを読めるのは、アーティストの持つ感性の鋭さに違いない。

 沙樹は一呼吸おき、いつもの声に戻した。


「また明日電話するね。今くらいの時間だったらいい?」


『いいよ。ただし、ひとりで部屋にいるとは限らないけど』


 ひとりで部屋にいるとは限らない?


 予想もしない返事に、沙樹は一瞬言葉をなくす。


「ちょ、ちょっと待って。ひとりじゃないって……まさか、彼女と一緒?」


 哲哉に恋人がいたなんて初耳だ。いつ彼女ができたのか。

 いやそんなことより、こんな遅い時間に他の女性と話していると知ったら、彼女が怒り出すかもしれない。


「ごめん、全然気づかなくて。あたし、彼女に謝らなきゃ。今一緒なの? だったら電話替わって——」


『なあに、そのことなら心配するこたあないさ。帰りにうまいものを買ってきてくれたら、おれは満足だぜ』


 それだけ言い残すと、沙樹の返答を待たずに哲哉は電話を切った。

 沙樹のうろたえを楽しんでいるようだったが、これがいつもの哲哉なりの励まし方だ。


 そんなことより、哲哉の彼女はどんな人物だろう。よくまあ隠し通したものだ。

 沙樹はワタルとのことを棚に上げて、哲哉の彼女候補を考える。だがいくら考えてもヒントすら出てこない。


「帰ったら紹介してもらうんだから」


 しかしいくら約束の時間とはいえ、彼女が一緒なら無理して電話することもないだろう。


「あたしがワタルさんを捜しにきてるってことも、得能くんが連絡係をしていることも、彼女は承知してるのかな」


 スマートフォンを手にしたまま、いろいろと哲哉の周りを考えつつ、沙樹は疲れた体を横たえた。ふかふかの布団が心地よい。


 取るものもとりあえず東京を離れた。

 慌ただしく過ぎた初日は、寝場所を探して彷徨さまよう寸前で回避され、なんとか順調なスタートが切れた。


「ハヤトくんのおかげだね」


 軽く目を閉じると、よく動く印象的な瞳を思い出す。

 そうしているうちに睡魔に襲われ、沙樹は深い眠りに落ちた。


以上で第二章第一話「すきま風と大きな手がかり」は終わりです。

次回より第二章第二話「揺れる想い」に入ります。

気に入っていただけたら、評価・いいね・感想・レビューをお願いします。


お話はまだ続きますので、ぜひお読みくださいね。

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