第三話 差し込んできた光(五)
哲哉は深いため息をついた。
沙樹とのつきあいもそうだが、浅倉梢との仲についても何も教えられていなかった。
自分がそこまで信用されていなかったのかと気づき、相当のショックを受けている。
「何も知らされてないのは、あたしだけじゃなかったのね……」
沙樹がわずかに安堵の表情を見せた。
「で、思いつく限りをあたったというのは、初めに話した通りさ」
一番大切な人にまで何も告げずに、ワタルはどこで何をしているのだろう。
「恋人なら居場所を知ってると思ってたのに。これじゃあ本当に八方塞がりだよ」
捜索はふりだしに戻った。次の一手をどう打てばいいかと考えていると、
「浅倉さんなら何か知らないかな」
沙樹がポツリとつぶやいた。
「彼女が? どうしてだよ」
「だって。恋人が居場所を知っているかもしれないんでしょ」
「ただの予想だよ。みごとに外れてた。西田さんは何も知らなかったんだろ」
「あたしが知らなかったのは、ワタルさんがあたしのことを……もう、恋人とは思って……思ってないから……」
沙樹はうつむき、握り拳をテーブルの上においた。そして肩を小刻みにふるわせ、言葉を紡ごうとしている。
哲哉は思わず立ち上がり、大声で沙樹の言葉を遮った。
「っと、待てよ。西田さん、自分で言ってること、解ってるのか?」
テーブルが揺れ、カップが倒れる。沙樹は哲哉を見上げ、弱々しくうなずいた。
「どうしてそんなつまらねえこと言うんだよ」
倒れたカップからこぼれたコーヒーが、すぐそばを走る電車の音にかき消されながら、小さな音を立てて床に滴を落とす。
「でも——」
沙樹からは、いつもの気丈さが消えていた。
冷静に聞いていると思って、余計なことを話したのではないか。哲哉はいたたまれなくなって、つい沙樹の肩をつかんだ。
「しっかりしろよ。ひとりで変な結論出すんじゃねえっ」
「そんなこと言っても、これが現実なら受け入れなきゃ……」
沙樹がすがるように哲哉を見上げた。唇がかすかに震え、一筋の涙が静かに頬を流れ落ちる。
崩れてしまいそうな弱さと折れてしまいそうな脆さを、沙樹は無理して隠していた。
やはり話すべきではなかった。思慮の浅い自分を後悔しても遅い。それよりも今はほかにやるべきことがある。
「おれはワタルと、物心ついたときからずっと友達なんだぜ。なぜだと思う?」
沙樹は目を閉じてゆっくりと首を横にふった。
「あいつが誠実だからさ」
「誠実?」
自分がワタルの代わりになれなくとも、信頼を取り戻させることはできるはずだ。
「そうだよ。あいつはお人好しが過ぎて、面倒ごとを押しつけられるだろ。
適当に流せばいいのに丁寧に対応するから『芸能界いい人ランキング』に名前が載るんだぜ。
おまけに人好きのする性格でだれとでも親しくなる。八方美人だって中傷するやつらもいるけど、裏を返せば誠実で本当にいいやつってことなんだ。
簡単に人を裏切らない。だから西田さん、ワタルを信じて待っててくれないか」
沙樹の肩をつかむ哲哉の手に力が入る。沙樹は涙をぬぐい、わずかに笑みを浮かべた。
「うん——ありがとう」
「一番つらいのは西田さんだって解ってるからさ」
「あたしこそ、得能くんたちの苦労を考えてなかった。ワタルさんがいなくなって大変な思いしてるのは、みんなも同じなのにね」
「バンドの方は気にすんなって。西田さんは自分のことで手一杯で当たり前だろ」




