第三話 差し込んできた光(四)
沙樹の部屋に入ったとき、哲哉はごく身近にいる人の空気を感じた。
ふと正体を知りたくなって、遠慮ぎみに中を観察した。
テレビのそばにおかれているステレオに見覚えがある。少し考えて、ワタルが学生時代に使っていたものだと気がついた。
もしかして、という予感の中で小さな食器棚を見る。
ペアの食器がある横に、バーボンの瓶をみつけた。出されたコーヒーはモカ。どちらもワタルの好みだ。
本棚に並んだCDはワタルの好きなアーティストのもので、そばには白い楽譜がある。
バンドメンバー全員が映ったポスターとは別に、ワタルだけの写真が本棚に飾られているのを見て確信した。
ここにはごく自然にワタルの跡が残っている。
哲哉の中で、熱愛報道に抱いていた違和感がさらに強くなり、最後に出てきた結論は、ワタルの彼女は沙樹だということだった。
「ワタルは西田さんにも行き先を告げてないのか」
沙樹は申し訳なさそうにうなずいた。
哲哉は首を左右にふり、軽く息を吐く。
「おれもゆうべ、弘樹と一緒に心あたりに電話をかけまくったんだ。けど手掛かりなしだよ」
「ワタルさんの実家も、行き先をご存じないの?」
「真っ先に電話したんだけど、だれも知らないってさ」
「隠してるってことはないよね」
「親父さんたちは、少なくともバンドメンバーには嘘や隠し事をしないさ。
それどころか、あっちにレポーターが押しかけたのがきっかけで、初めて熱愛報道を知ったんだって。おばさんが迷惑がっていたよ」
「相手が浅倉さんじゃなかったら、ここまでの騒ぎにならなかったのにね」
哲哉は沙樹の言葉に軽くうなずいた。
「和泉さんが、だれかのリークじゃないかって言ってたの。思い当たるようなことがある?」
「うーん……」
哲哉は最近のワタルについて、変わったことがありはしないかと記憶をたどる。
「そうだな……言われてみれば、ゴールデン・ウィークに入ったころから、浅倉さんがやたらとワタルを訪ねてきては、親しそうにして——」
途中まで言いかけて、哲哉はあわてて口をつぐんだ。
「すまない……こんな話、聞きたくねえよな」
「気にせずに続けて。あたしも詳しいことを知りたいもの」
沙樹の笑顔は、無理して作っているのが解るくらいに痛々しい。
ここまで傷ついた笑い方は今まで見たことがなかった。
「解ったよ。でもつらくなったら、いつでも止めてくれよ」
哲哉はカップを手にし、残ったコーヒーを一口飲んだ。いつのまにか冷めて、苦みだけが口に残った。
「浅倉さんとの出会いは、彼女の歌手デビュー前でね。日下部さんから直接ワタルに、曲を提供してくれって話がきたんだ。
五〜六曲作って渡したら気に入られたみたいで、それからは西田さんも知っての通り、彼女の歌の半分くらいはワタルが作ってるんだよ」
哲哉は一息ついて、沙樹の表情をさりげなく確認した。今は静かに耳を傾けている。
「レコーディングに立ち会ったのがきっかけで、ワタルは仕事以外でも何かと世話を焼いてたようなんだ。歌番組で共演したときも、彼女の方から積極的に話しかけてきてたよ。
浅倉さんは甘え上手だし、ワタルは頼られると邪険にできない性格だろ。
少なくともワタル側は、相手が誰でも変わらない対応だったから、おれたちみんな、つきあってるなんて発想すら湧いてなかったんだ。
それなのにいきなり熱愛報道ときた。
あのふたりがどういう関係だろうと、お互いが納得してるならおれたちが口出しすることじゃない。
けどワタルに事情を訊きたくて連絡したら、事務所にも詳しい説明もないまま雲隠れだ。いったいどういうつもりなんだか……」




