第三話 差し込んできた光(二)
哲哉は電話を切り、カーテンの隙間から外を見下ろした。今はもうレポーターらしい姿は見えない。
噂の本人ではないから張り込んだところで無駄だと解り、あきらめてくれたのならいいが。
それより、ワタルのマンション前はどうだろう。飛び火程度とはいえ、まさか自分たちのところにまでレポーターが来るとは思わなかった。
人気アイドル浅倉梢のまわりは、どんな騒ぎになっていることか。
ワタルがアイドルとつきあうことを止めるつもりはないが、周りへの影響を考えてほしかった。まったく脇の甘い話だ。
哲哉はカーテンを閉め、グラスのウィスキーを一気に飲み干した。
☆ ☆ ☆
掃除の終わった部屋にパンの焼ける匂いが立ち込める。
香ばしい匂いをかぐと、昔から沙樹の心は少しずつ穏やかになっていく。
哲哉が来ると決まったとたん、手料理でもてなしたいと思い立った。
焼き上がったフランスパンを薄くスライスし、ガーリックバターを塗ってオーブンで焼く。
刺身のマリネとカルパッチョは、軽めの白ワインにあわせた。ピザもトッピングを済ませ、あとは焼くだけだ。ブルーチーズやサーモンパテも買い、準備は整った。
久しぶりの訪問客に気持ちが高まる一方で、沙樹は迷っている。
ワタルの了解なしでつきあいをバラしていいものだろうか。この件に触れずに話しを進めることは残念ながら無理だ。
やがて日が落ち、約束の時刻になって部屋のチャイムが鳴った。ケーキの箱を片手に掲げた哲哉は、中に入るなり顔をほころばせた。
「お、パンの焼ける匂いか。いいな」
「よかったら食べていって」
「嬉しいね。西田さんの手料理も久しぶりだもんな」
哲哉はリビングに入るなり、中をぐるりと見まわした。
「え、何?」
「女子の部屋に来るなんて滅多にないからね。相手が西田さんでも、妙に緊張するぜ」
「来るのは初めてじゃないでしょ?」
沙樹はコーヒーとケーキをテーブルの上におき、哲哉の正面に座った。
緊張でがちがちになっている体を深呼吸でほぐし、沙樹は単刀直入に話を切り出すことにした。
あたりさわりのない世間話を始めたら、打ち明ける前に気力が萎えてしまいそうだ。
「でね、ワタルさんのことなんだけど」
「……ん?」
ところが哲哉は心ここにあらずで、中途半端な返事しかしない。
「どうしたの? あのあとワタルさんから連絡あった?」
「いや、残念ながら……」
哲哉はちらちらと部屋のあちこちを見たあとで、眉をひそめながらコーヒーカップを手にした。
「得能くん?」
「ちょっと待ってくれないか」
秘密を打ち明けようと思い切った行動に出たのに、哲哉は興味を示してくれない。
出端をくじかれた沙樹が深いため息をついたときだ。
「そうか、なるほどね」
本棚を見上げて、哲哉はつぶやいた。
「あまりにも自然すぎて、今の今まで気づかなかったぜ。ふたりとも人が悪いなあ」
哲哉は頬杖をつき、チェシャ猫のような笑いを浮かべた。
「え? な、何?」
「ワタルの彼女って、西田さんだったのか」




