第二話 見つからない足跡と果てしない不安(三)
ワタルの件が報道されて四日目を迎えた。
仕事が早く終わった沙樹は、思い切ってワタルのマンションを訪ねた。
通勤時に電車の中から見える部屋に、明かりのついた日はない。
ずっと留守にしているのなら、観葉植物に水をやりたい。ふたりで相談してそろえたものばかりだから、どれも枯らせたくなかった。
マンション前では、数名の報道陣が張り込んでいた。うちひとりは親会社のテレビ局に所属するカメラマンで、沙樹も何度か顔をあわせたことがある。
向こうが沙樹を覚えているか定かではないが、油断するに越したことはない。
もしカメラマンが記憶していたら、住人のふりをして入るのは無理だ。沙樹を口実にして、マンションにはいってくるかもしれない。
「そんなことにでもなったら、みんなに合わせる顔がないよ」
急いで百八十度回転し、引き返そうとしたときだ。
沙樹の横に黄色いビートルが止まり、運転席の窓が開いた。
「西田くん、西田沙樹くんだろ」
声をかけてきたのは、茶髪でサングラスをかけた四十歳前後の男性だ。
ワタルのマンション近くまで来ているのを見られた。それだけでも気が重いのに、見知らぬ人物に顔を知られているとは。
怯えた沙樹が返事もできずに固まっていると、相手がサングラスを外した。
「あっ、あなたは」
運転手の正体は、著名な写真家の須藤敦だった。
須藤は過去にオーバー・ザ・レインボウの密着取材を行っていて、FM局の収録現場にも何度か来ていた。
哲哉が沙樹のことを「アマチュア時代、バンド活動でサポートをしてもらった女性」と打ち明けたのがきっかけで、匿名を条件にインタビューを受けていた。
すべてを見透かされそうな鋭い目が少しだけ怖い。沙樹にとって首藤とは、そんな人物だ。
「まさかとは思うが張り込み……ではないか、やはり。北島くんが心配になって、ようすを見にきたのかい?」
「ええ、そんなところで……」
叱られそうな気がして、沙樹は言葉を濁す。
「気持ちは解るが、もっと考えてから行動すべきだな。下手したら西田くんまで巻き込まれかねない。三角関係に発展したら、野次馬が喜ぶだけだ。それに……」
と言って須藤はマンション前の人混みを見て、ふぅとため息をつく。
「こんな調子じゃ、北島くんも帰宅できないだろう。陣中見舞いはやめて、少しでも早く家に帰れよ。誰かに気づかれる前に」
意外なことに、須藤は沙樹のことを心配している。
「ときに浅倉梢と北島くんの件だが、西田くんはどう思う?」
「あたしには……よく解りません」
質問の意図がつかめず、沙樹は首を横にふった。