第二話 ギターとの出会い(四)
たったそれだけなのに、自分の指が音を生み出したかと思うと、ハヤトは誇らしい気持ちでいっぱいになる。
同時に、体が弦と一緒に振動するような高揚感を覚えた。
「簡単なコードを教えてあげるよ。人差し指と中指と薬指を立てて……そうそう」
弦は硬くてなかなかうまく押さえられない。左手の指先がすぐにヒリヒリしてきた。
それでも手取り足取り教えてもらいながら何度か挑戦するうちに、やっとCコードが弾けるようになった。
「きれいな音だね。すごいや、あっという間に弾けるなんて。ハヤトには才能があるよ、きっと」
「ほんと? ぼくも兄さんみたいに弾けるようになる?」
「うん、そのためには練習あるのみだよ」
指の先がずきずきして、弦を押さえるのは本当に大変だ。でもそれをクリアするごとに、新しい音が生まれてくる。
小さなステップをこなすたび、ワタルとの間にそびえたつ壁が崩れていく。
兄と打ち解けられることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。ギターを弾くことがこんなに高揚することだとは思いもしなかった。
人生が大きく変わる瞬間を迎えたことにも気づかないで、ハヤトは夢中でギターの練習を続けた。
☆ ☆ ☆
初めてギターに触れた日のことが、昨日のことのように浮かんでくる。
あの夏が始まりだった、とハヤトは懐かしく思い出す。
あのときワタルがギターを持ってこなければ、今のハヤトはない。バンドどころか、音楽すら始めることなく、流されるままに日々の生活を送っていたかもしれない。
音楽がきっかけでワタルに対するわだかまりがとれ、ハヤト自身も素直になれた。
バンド活動、作詞作曲にアレンジ、ギターの弾き方。技術と知識の多くはワタルに教わったものばかりだ。
そんな兄の才能と、プロになったという現実に、ハヤトは尊敬以上にライバル心を抱くようになる。
そのひとつが、オーバー・ザ・レインボウの曲を自分なりのアレンジで、まったく異なるものに作り変えることだった。
「音楽をやめる? 続ける自信がない? 今になって何言ってんだよ」
弟にその魅力を教え、引っ張り込んだのに。張本人が辞めるなど許せない。ここでワタルがリタイアしたら、目標もライバルもなくしてしまう。
「沙樹さんだって可能性に賭けて、わざわざ捜しに来たんだろ。彼女の気持ちを考えたら、そんな弱音を吐いてる場合じゃないだろうってーのに」
たしかにワタルは精神的に疲れている。ここに来てからはろくに外出もせず、ギターを持つことすらしなかったのだから。
でも今日はハヤトたちのライブ会場を覗きにきた。心の底から音楽を捨てようと思っている人物が、弟が演奏する姿を見る気になれるはずがない。
「それにしても……」
大切な人を守るために、ここまで徹底してやるだろうか。
大切な人を見つけ出すために、無謀な旅を始めるだろうか。
互いを思ってすれ違ったが、気持ちが離れていなかったから、こうして再会できた。ふたりをつなぐ絆は、どれほど強いのだろう。
「なんだよ……割り込むすきなんて、どこにもないじゃないか」
膝を抱えて大きく息を吐き、ハヤトは沙樹への想いを心の奥から追い出す。
以上で第二話「ギターとの出会い」は終わりです。
次回より第三話「ワタルの決意」に入ります。
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お話はまだ続きますので、ぜひお読みくださいね。




