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匿名記者アカウント  作者: 萌乃ポトス
5/10

⑤アカウント名:匿名記者ボ・ランチ

『俺は……実名アカ以外は持ってないなぁ』

 咄嗟とっさに嘘をついてしまった。汚れのない尋木の瞳を前にすると、「教えてください」とか、「探してみます」とか、言われるんじゃないかと警戒した。

 匿名記者アカウントの隆盛期である。そりゃ森藤だって、もちろん匿名記者アカウントは持っている。

 

 匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante

 ボ・ランチ、一身上の都合で本日二回目のランチです笑

 14:12 2022/08/17 Twitter for iPhone


 尋木とのランチ中に、写真付きツイートでそう呟いた。無論、投稿写真をモザイクでぼかすことは忘れなかった。

 ツイートの通り、今日二回目のランチだった。県庁での取材帰りの十一時。森藤は早めの昼食を取っていたからだ。ところが、支局に戻って、うれいに満ちた尋木と視線が重なった瞬間、自らランチを提案していた。

「森藤君は、お人よしすぎるよ」

 昔から周りからそう言われてきた。こういうところが、まさにそうだと思う。

 加えて、〈匿名記者ボ・ランチ〉内でもそうなのだから、始末に負えない。アカウント名の由来は、中高と続けたサッカーでのポジションがボランチだったことだ。

ボランチは、試合の流れをコントロールする「舵取り役」や「司令塔」と評されるポジション。だが、当の森藤の人生といえば、試合を「コントロール」するというよりも、むしろ、皆の困りごとを調整するような「バランサー」的な役回りが多かった。実際、匿名記者ボ・ランチでも、自分の感情は押し殺して、皆を笑わせようと腐心している。

 ––ツイッターの中でも、どうして俺は頑張っているんだ?

 時々、この現実をわらってしまう。だが、記者という日々ストレスを強いられる職場で過ごしていると、裏アカの中では、せめて笑いたいと思うのだ。

 フォロワー数は一二三一。なかなかの数のフォロワーが、森藤のコミカルな呟きに共感して、フォローしてくれている。そう勝手に解釈している。だから、感情のままに不平不満をぶちまけたくない。フォロワーを裏切りたくない。謎の使命感に手綱を引かれている思いだった。

 アカウント開設から二年。今のところ身バレもない。それは森藤が独自ルールを設けているからに他ならない。

 まず、新聞社によって、降版時間や紙面の段数、文字数、新聞用語は違う。だから、日々のツイートの言葉遣いには細心の注意を払っている。

「ボ・ランチって、東洋日日とうようにちにちの記者なのでは?」

 完全にそう思われている節がある。それはひとえに、東洋日日新聞社のツイートの引用数を意図的に増やしたり、フォローの大部分を日日関係者のアカウントにしたりして、印象操作をしているからだ。

 さらに旅や出張で西日本を訪れた際は、風景を積極的に撮影する。それをふとした場面で投稿して、西日本の支局に在籍している感を出している。立派な演出家である。

「おっ、森藤、今度の支局会の店は海鮮系で頼むな」

 帰社と同時に、支局長の古郡ふるごおりが声をかけてきた。支局会とは、四半期に一度、栃木県を代表する企業の経営者、行政の幹部、大学教授などが集まる講演会である。講演会後は決まって、支局の記者を交えて、近隣の居酒屋で酒宴を開くのが習わしだ。

 森藤は入社五年目になっても、その幹事をやらされ続けている。実は森藤はこの酒宴が苦手だ。本当は行きたくない。なのに、さっそく幹事にされて、事実上、参加が義務付けられた形だ。

 森藤は自席に戻ると、ツイッターを開く。嘆息混じりに、親指で文字を紡ぐ。


 匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante

 また飲み会の幹事になってしまいました。幹事業務は、記者クラブだけで十分です笑

 14:37 2022/08/17 Twitter for iPhone

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