第八十五話 村の中では
「あのねぇ一人で行く事の怖さを分かっているの?」
「それぐらい知っているさ」
「だったら止めなよ、あんたは鈍いんだから直ぐに殺されるかもよ」
アーリアの私を馬鹿にした言葉にムックは私の代わりにムッとしてくれているが、今の私は油断などしないし、それにアーリアが側にいるとちょっと邪魔に思ってしまうだろう。
「あのさ、俺も成長しているんだよ」
ボゴッ
いきなり遠慮なしにアーリアが殴ってくるので躱す暇もなく右頬に向かって平手打をしてきたが、その手は私の顔には届いていない。
「ちょっと何なのよ、痛いじゃないの」
「いきなりやるからだろ、俺はね向こうで使ってからずっと障壁を身に纏わせる練習をしていたんだよ、早い動きには付いてこれないけどそれでも良い防御だと分かっただろ」
勇者や魔王は当たり前のように使用していた障壁に近いものだ。あそこ迄の強度はないが、グール相手ならこれで間に合うと思う。
「ふ~ん、もう一度いいかな」
「そりゃいいけど、怪我するなよ」
「本気で行くね、うらっ」
アーリアの本気の拳は私の障壁を簡単に壊してから鼻頭に吸いこまれて行った。確かに強度は弱いとは思っていたが、それでもそこらの家の壁の何倍も強度はある。
それにしても完全に鼻が折れているよな……リプレイ。
「ふ~ん、もう一度いいかな」
「絶対にダメだ。アーリアが本気で殴ったら障壁が壊れてしまうんだから止めてくれよ」
「そんなんで大丈夫なの?」
「ちょっとしたお守りとして使用するから問題はないよ、それに接近戦をするつもりはないから触れられないだろうしね」
そう言いながらアーリアの右手に視線を移動させるとその意味に気が付いたのか気まずそうな表情に変わっていく。
「バレちゃったかな」
「分かるさ、そりゃそうだよな、相手はグールなんだから自分の剣を使いたくないもんな」
私の言葉の意味を知ったムックは蔑んだような目をアーリアに向けている。
『この娘はどうしようもないですな、自分の剣が汚れるのが嫌だからご主人様の剣を使うとは困ったものです』
アーリアはムックの言葉の内容は分からないはずだが、この時ばかりは何故か即座に反応してムックと目線を同じ高さにしながら話始めた。
「あのさぁ文句を言っている様だけど、ムックも私の事言えないでしょ、さっきから一度も戦おうとしなかったもんね、ねぇ目を逸らさないでよ」
『私の場合は武器が無いから、なるべくなら、そうな……」
揉めている間に魔王の記憶を探るとグールは不死族でも少し嫌われている存在だった。リシオもグールだけは魔王城に立ち入れさせないようにしていた。
◇
一人と一匹は私の言う事を素直に聞いて、村を見渡せる丘の上で待機している。村から勝手に出て行くグールを倒すのは勿論だが、丘の上から俺の安全を見守る為でもある。
まぁそんな上手くいくかは分からないが。
『ご主人様、今はまだ姿が見えますが、そろそろ家の影に入るので見えなくなります、本当に大丈夫でしょうか』
『もし何かがあったら助けを求めるからその時は頼んだよ、まぁそんな事にならないようにするけどな』
まだネクロマンサーとして未熟なのかグールの動きはそれほど早くも無ければ、単調な動きしかしていない。
それでもこの先どうなるか分からないけど、私には覚えたての障壁があるし、何より【リプレイ】がある。
ムックとの会話が終わってからグールが私を追いかけてくるがその歩みは幼稚園児程の速度しか無いので不意を突かれないかぎり問題は無いだろう。
「この人たちは夜いきなり襲われたんだろうな、可哀そうに……」
屋根の上に上がり見える全てのグールに対して光の矢を放って行く。
昼間なのにこの辺りだけが一段と光輝き、元の明るさを取り戻すとグールの姿も消え去って行く。
何一つ物音がしなくなったので屋根から降りて再び村の中を歩いて行くと、いきなり目の前から大量の矢が放物線を描いて私に向かって飛んでくる。
思わず両手を交差させて即死を避けようとするが、その腕には一本の矢も刺さらず、全ての矢は擁壁によって阻まれて目の前に落ちていった。
「驚かせるなよな、ほらっ出て来いよ」
怒鳴ると同時に数十体の弓を構えたグールが現れ再び矢を放ってくるが、冷静に左手を前に掲げて【混沌の弓】を出して光の矢を放った。
『ご主人様、先程から幾重にも分かれた矢が見えますが、大丈夫ですか』
『あぁこっちはまだ問題ないけどそっちはどうだい』
『多少、グールが外に出ようとしていますがその度に小娘が対処しています。その代わり機嫌が悪いのですが』
『まぁ上手くやってくれよ』
ムックは魔法による攻撃も放棄しているようなので、もしかしたら戦いたくない理由が別にあるのかも知れない。
まだ味方でいる限りは文句を言うのはよそうと思う。
「貴方は何をしているのですか、私の玩具を壊さないで欲しいのですが」
正面に見える平屋の家の中から不機嫌な顔をしたやつれた男が出てきた。




