第八十話 予想外の敵
ギルド長が見た目に似合わない程の大声を上げると、これまで騒いでいた野次馬が静かになり、固唾を飲んで見守るようになったが、こんな昼間にギルドにいる位の冒険者なのだから殆どの者は体の中に酒が入っている。
(それにしてもこいつらは本当にラグドールに毒が効いたと思っているのかな? 私が討伐したなど考えていないのか? それとも仲間が増えれば勝てるとでも? う~ん、馬鹿の考える事は理解出来ないな)
「うわぁぁぁぁぁ~、すみませ~ん。逃げて下さ~い」
闘技場の端からなにやら作業員が両手を振りながら此方に向かって必死の形相で走ってくる。
「何をやっているん…………おいお前らあれを倒せるか?」
何の事か全く理解が出来なかったが、作業員の後ろの扉が吹き飛び、そこから紫色と青色のまだら模様の大蛇がうねりながら姿を見せてきた。
私と戦う予定だった四人は直ぐに観客席の中に飛び込み、ギルド長は姿を消してしまったがあれを始めてみる私にはちょっと大きいだけの蛇としか思えない。
すると、どの世界の記憶なのか分からないが、あの蛇の正体が私の頭の中に浮かんできた。
(あぁ通称ドロドロ蛇って言うのか、奴が吐く液体に触れるとあんな風に身体が溶けるんだね、お~お~一気に溶けていくのか……リプレイ)
ギルド長たちはただ逃げたのではなく、溶かす事の出来ない盾を探しに行ったのだろうけど、どう考えても騒ぎ過ぎだ。
10mも満たないって事はまだ子供じゃないか、それに作業員が何の準備も無しに何であれを逃がしたのか理解に苦しむ。
左手を前にして【混沌の弓】を構える。酔って動けない冒険者の野次馬にもう少しで溶解液が注がれるがその前に仕留めればいい。
「何をしているんだ。それで倒せるのか」
「そんなところに入っていたんですか」
私と少し離れた地面の下から溶解液を弾く木製に鎧と盾を身に着けたギルド長や職員が次々出てくるが、あの冒険者を救うには今からだと間に合わないだろう。
「あの、いいですよね」
ギルド長たちを見つめたまま右手の指を放すと【光の矢】は三つに分裂し、一つだけ加速した矢は顎の下から突き上げるように刺し、残りの二つは頭部と胴体に刺さりながらドロドロ蛇が飛び出してきた場所まで吹き飛ばした。
「君っやるじゃないか、それに比べてこっちは……」
ギルド長が視線を下に送ったので注目していると、作業員をかき分けるようにあの四人の男達が出てきて、ドロドロ蛇の状態を見るとホッとしたように腰を下ろした。
「あの。これが結果で良いですよね」
「そうだな、彼等にはそこまで実力がないだろうしな、それにしてもその弓は魔道具なのか」
ギルド長は鎧を脱ぎながら私の左手に出したままにしている【混沌の弓】を見ているが、この説明は少し面倒くさい。
「そうですね、特別な魔道具なんです」
「帝国には珍しいものがあるんだな、まぁ何にせよゲオグラーグの倒してくれてありがとうな、全くうちの奴らはちゃんとした鎧を着ないであれを扱うなんて失態だよ」
「えっあれはゲオグラーグと言うんですか」
「そうだけど帝国だと違う名が付けられているのか」
その名はあれが成長して足が生えてきた時に使用する名前だが……。
「そうかも知れませんね、まぁいいですけど、あれが子供で良かったですよ」
「何を言っているんだ、立派な大人じゃないか、奴が吐く溶解液は生きたままじゃないと取れないから眠らせて採取していたんだがな」
何かが違っている。私にはあれがまだ成長段階だと思っているし、溶解液の採取など危険な事をやる奴はいなかったはずだ。
時代が違うのか?
それとも世界が違うのか?
「まぁいいか、それであんたらはこれで終わりで良いんだよな」
まだ立ち上がろうとしない彼等に声を掛けるがと苦々しい表情で私を見てくるが、四人もいるのに答えようとしてくれない。
『ご主人様、こいつら少し脅かしてやりましょうか』
『そうだね、お願い出来るかな』
観客席にいたムックが飛び降りてきてあの連中の目の前で魔狼に姿を変化しながら、威嚇するとわき目も振らずに逃げるようにして出て行ってしまったのであのラグドールの権利は正式に私の物であることが宣言された。
それに今回の迷惑料も含めてアイゾール国の通過である白金貨五枚を貰う事が決まったが、そのほとんどは言いがかりをつけてきた彼等が払う事になる。
「それにしてもアイゾールの白金貨ね、もうこれで一生安泰なのかな」
「そんな訳ないでしょ、帝国だと金貨一枚って事だよ、ムックがもっと骨を残したらもっと貰えたのにね、ねぇムックは聞こえているんでしょ」
聞こえない振りをしているムックはそのままギルドを出て港に向かっていく。
「ちょっとあの態度は無いでしょ、もう騙されないんだからね」
「まぁ許してあげなよ」
不貞腐れたアーリアを気遣いながらムックの後を追いかけると、目の前の路地からあの二人組が飛び出してきて私達の進路を塞ぐように立ちはだかった。
「何なのよ、こんな場所で戦う気なの、馬鹿じゃない」
今は昼間でしかも人目がかなりある通りなので喧嘩を売るにしたは不都合な場所だ。
「違うんです。今回の事でオヤジから出て行けと言われてしまったので、どうか俺達を連れて行ってくれないか」
「頼むよ~、あんな恥ずかしい真似をさせてしまったんだからオヤジは許してくれないんだよ~。これからは兄貴と呼ばせてくれよ~」
どう見ても私達より年上の二人が土下座しながら縋りつく様にお願いしてくる。少し前にはあんなに敵対心を向けていたのにこんな真似をするという事は本当にこの街に居られないのだろう。
「あのさぁ無理だから消えてくれないかな」
プライドの欠片が無い奴は私の仲間にはしたくはない。




