第七十六話 ムックの病気
グラッパ王国までの行程は船でアイゾール国とチャタル共和国を経由してから陸路で山を越えて入って行く。
船でそのままグラッパ王国に入れば楽そうなのだが、商人でもない只の一般人である私は入国する事が出来ないのだそうだ。
「それでこれに乗って行くのか、随分と小さい船何だな」
「高速船だからね、それよりもあんたのその恰好は何なの?」
「いいだろ、古くなったから新調したんだよ」
新しい武具は全て鰐に似た魔獣の皮から作られていて、柔らかいし防御力もかなりある。腰に付けている黒刀は使いこなせる自信はあまり無いが身に着けているだけで立派な剣士に見えるだろう。
ただ頭の中にはこれをどのように扱ったら良いのか理解しているので、この身体で練習をするしかない。
(まさか元の世界の連中は私がこんな格好で暮らしている何て想像もしていないだろうな……そういえば私の葬式は誰が喪主になってくれたのかな? あ~何だか悲しくなってきた)
「んっどうしたんだ」
アーリアがじっと私の事を見ているので、そんなにこの姿が似合っていないのだろうか。
「何でその剣を選んだのかなって思ってさ」
「特に理由はないけどなんだか懐かしくてな」
「ふ~ん、懐かしい……ね」
この黒刀は日本刀に似ていたので買ったのだが、実はグラッパ王国からの輸入品で実用で使う人間はあまりいないらしい。
(魔獣相手には心もとないんだろうな)
「まぁいいけどね」
何となく変な会話になっているが、それを遮るかのように漁船を少しだけ大きくした船がゆっくりと動き出していく。
初めは遅かったか外洋に出た途端にその速度は早くなり何かに掴まっていないと不安になる程だった。
私達以外の客は既に船内に入っているので、こんな場所で波しぶきを貰っているのは私とアーリアだけだ。
ムックは船に乗り込むと同時に船内の暖かい場所で丸まって寝ている。
「もうここは限界だね、私は中に入るけどあんたはどうするの?」
「俺ももういいかな、それにこの船は襲われる心配は無いんだろ?」
「前みたいに魔石が壊されてなかったらね」
(意外と私は運が悪いから不安なんだよな)
◇
アイゾール国に入ると最初の港街であるグルグラの到着し、直ぐに乗り換えて出発したかったのだがムックの体調がいきなり悪くなってしまった。
『すみませんご主人様、私の事など気にしないで船に乗りましょう』
『そんな訳にはいかないだろ、ちょっと待ってろよ、獣医を探し……この場合は誰に見せればいいんだ』
『原因は分かっているんです。魔力持ちの魔獣を食べれば直ぐに元に戻るのですが……』
『そんなんで良いのか、だったら直ぐに狩りに行ってくるよ』
食べるだけで治るなら何ら問題はない。近くの森に行けば全てが解決するので早く行ってこようと思う。
「ねぇムックは大丈夫かな? さっきから苦しそうに泣いているよ、どうしよう」
ムックの言葉はアーリアには犬の鳴き声にしか聞こえないし、今のムックは弱々しく声を出しているのでそう思うのも仕方のない事だ。
「治し方は知っているから大丈夫だよ、これから狩りに行ってくるんだけどさ、宿には持ち込めないだろうから街の外でムックと待っていてくれないか」
ムックの為にも早く森に行きたいのだが、アーリアは私の手をがっちりと掴んできた。
「ねぇいきなり狩りって何なのよ、さっきまではあんたもうろたえていたじゃない」
アーリアの表情は怒っているというより私を疑っているような表情を向けてきた。だったら【リプレイ】で何とか誤魔化したいが5分戻したとしても意味はない。
「あのさ、魔狼は定期的に魔力を……」
「あんたね、まさかそれを思い出した何て言うんじゃないだろうね、もしもそのつもりだったら私にも考えがあるから」
「く~ん」
私にもムックの声が鳴き声しか聞こえなくなったという事はかなり弱ってきた証拠だろう。これ以上時間を此処で使う訳にはいかない。
「あのさ、絶対に秘密にして欲しいんだけど、エルフの秘薬を飲むと魔力の高い魔獣と会話する事が出来るんだよ」
「だったら何でもっと前から言わないのよ」
「仕方が無いだろ、エルフは人間が嫌いだからその秘薬がある事を知られたくないんだよ」
息を吐く様に嘘が溢れてくるが、この嘘をちゃんと覚えておかないととんでもないことになりそうだ。
(こんな事だったら最初から嘘をつかなければ良かったな)




