第七話 パルケスの街にて
この街で一番の食堂である<木漏れ日の丘>に辿り着いた私達は直ぐにオーナーであるニカを呼び出して貰った。
「どうしたんだい。君の狩った獲物なら私に言わずともいつものように買うんだけどな」
「そうなんだが、今回の獲物を狩ったのは息子何だよ」
お金に無頓着な父親は今更値段の交渉とは口が裂けても言い難いようだ。困ったような顔をしながら私の背中をそっと押した。
「すみませんニカさん。今日から父に代わって私が売りに来ますので宜しくお願いします」
「そうか、これからはフレイクが売りに来るんだね」
「はい、これからは真っすぐ此処に売りに来ます。何せこの街で一番の食堂ですからね、光栄な事です」
軽いおべっかを入れながら世間話を挟んでこの場の空気を掴んで行く。店が混んでいる時間ならこんな真似は許されないが、今の時間なら問題は無いはずだ。
ニカとの会話で笑顔が見えてきた頃に馬車の獲物を見せ、先ずは状態を確認してもらう。そこでニカがどれぐらい払うつもりなのか少しだけ緊張してきた。
「へ~かなりいいラングルベアじゃないか、それではいつものように金貨一枚と銀貨五十枚でいいよな、それと奥にある野菜を持って行くといいよ」
「えっその金額ですか……申し訳ないですがそれだと売れませんね、先程はそれ以上の値段で買うと言ってきた商人を断って此処に持ってきたんですよ、せめて金貨三枚でないとお売り出来ません」
「ちょっと待ちなよ、それだといつもの倍じゃないか」
そうかも知れないが、それはそのいつもが安すぎるからなんだ。確かにこの辺りの相場より少し高いかも知れないが品質を考えるとこれぐらいは妥当だと思う。
「すみません。同業者から安く売り過ぎていると文句を言われていますのでこれ以下ではお売り出来ません。嫌だと言うのでしたら他に持って行きますので」
ニカはわざと無表情を装っているが、頭の中は必死に考えを巡らせているのいだろう。
頼む、どうか引き留めてくれ、他に言ったら今日は金貨三枚では買い取って貰えないだろう。この店ならこの獲物を価値を分かってくれるはずだ。
「仕方が無いな、それでいいよ、ただ今回はおまけとしてそこに置いてある兎を付けてくれよ、それと野菜を持って行くのは無しだな……君の息子は面白く育ったな」
「ええ、どうしてなのかは分かりませんが、まるで死んだ妻の様ですよ」
「そう言えばそうかも知れないな、まぁ今後も此処に優先で持って来てくれよな」
「ありがとうございます」
冷や汗を流している父親を見ながら、誰にもバレないように安堵のため息を漏らす。もしこの店で断れたら他の店に売りに行くしかないが、他の店だとばら売りになる可能性がある。
店から離れると、嬉しい事が起きたばかりなのに何故か父親は浮かない顔を浮かべている。
「なぁフレイク、俺は今まで騙されていたのか」
「少し違いますね。お父様が悪いんですよ。お母様の時はいつも交渉してから売っていましたよね、それを面倒だからと言いなりになっていたんですから」
向こうは安く買いたいのは当たり前の事だ。それに商人にも同じような価格で売っていたんだから今更文句を言っても意味が無い。そもそもが正規の買い取り相場をしらないこの父親が悪い。
それより馬車の中に隠していた父親の狩った獲物はこの街で二番目の食堂である<ほとばしる風>に売りに行こう。あの店は急成長しているから是非とも繋がりを作らないといけない。
「お前はいつの間にそんな事を思いついたんだ? まるで商人じゃないか」
「村に来ていた商人から聞いたんですよ、僕が一人で思いつく訳ないじゃ無ですか」
半分は本当の話だ。父親が持って帰る金額がおかしいと思った私は行商に来ていた商人と仲良くなって情報と助言を聞きだす事に成功した。まぁ彼の商売と微妙に被らないから教えてくれたんだけどね。その代わり僕が知っている村の情報と交換したんだけどね。
それから<ほとばしる風>に行って獲物を見せると初回だからと言って相場の価格より少しだけ安く提示し、顔を売る事に成功した。これでこれからは上手く回って行くと思うが、ただ一つの懸念はこの私がまた眠りについて、フレイクが前面に出てきたら交渉はどうなってしまうのかが心配だ。その前に価格表を作っておくのも良いかも知れない。
「これで全部売り終わったな、さぁもう村に戻るぞ」
「えっ今日はこの街に泊まらないんですか」
いつもならこの街で一泊して、村では味わえない食事を堪能してから村に戻るのでこのまま帰るのは残念でならない。そこまでして早く村に帰る目的など無いはずだが。
「なぁ忘れているのか、明日は村祭り何だぞ、お前は体調を整えないとな」
「体調ですか……」
いやいや、あんな小さな村の祭りなど、僕は嬉しいかも知れないがこの私は興奮したりしない。そもそもこの私は中年のだから何なら参加しなくても良い位だ。
「いやぁ驚いたよ、お前が格闘大会に参加するとはな、そんなに村長の娘と結婚したいのか、まぁ頑張って初恋を実らせるんだぞ」
えっ何だって、格闘大会だと……あっこの野郎、娘に目がくらんで参加してやがる。その割には何にも身体を鍛えていないじゃないか。
おいおい勘弁してくれよ、痛い思いをするのは僕じゃなくて私なんだぞ。