第六十一話 異変
獣人族の一角馬隊を訓練している場所はディック平原と言うらしく、見渡す限り短い草しか生えていない平原だ。
そしてここに集められた兵士達は新しい戦法を取り入れるために集められたエリートの集まりだそうだ。
それはいいのだが、この場所から一番近い村までも半日以上掛かってしまうので、二日に一度しかこない補給でやりくりをしなければいけない。
「ネストレ隊長、何時までここで訓練をするんですか」
「君には伝えていなかったっけ、一応一ヶ月の予定だが彼等が戦略と言うものを理解してくれたらもう少し早く帰れるかもな、まぁその期待は……」
口籠ってしまったという事は、その期待を忘れた方が良いと言う事だろう。
「はぁ……そうですよね」
「元気出せよ、あのな君とアーリア君には国王様から報酬が貰えるだろ、俺達なんか皇帝からの指示だから貰う訳にはいかないんだぜ」
「お金の問題じゃないんですよ、どうもここに食事が、何て言ったら良いのかあれなんですけど」
獣人族の食事が特殊なのか、それとも兵士の食事が特殊なのか知らないが、ひたすら肉だけの食事となっているので、頭の中は中年の私にとっては見ているだけで胸やけを起こしそうになっている。
実際は若い身体なのでそういった事は無いのだが、身体は受け入れても心が拒否をしているのだからこればかりはどうしようもない。
「そうだな……モデスト副長、明日は一日休日にするか」
「休日ですか、こんな場所では気分転換なんて出来ませんよ」
「そんなのはどうでもいいんだ。肉に飽きた奴を連れて川に魚を取りに行くぞ」
出来れば海魚が良いが、今は贅沢を言っている場合ではない。魚が食べれると思うだけで口の端からよだれが流れてしまいそうになる。
この事は食事の最中に発表されると、騎士だけではなく獣人族の兵士からも歓声が上がったので彼等もたまには肉から離れたかったようだ。
◇
「カンカンカンカンカンカンカン」
真夜中だと言うのにけたたましい音がこのキャンプ地に響き渡り、誰もが熟睡が出来る状況ではなくなった。
(何だよ、そんなに魚で興奮しているのか?」
俺は目が開けられないでいると、テントの中に勝手に入って来る者の気配がする。
「ほらっ早く目を覚ましてよ、食堂のテントに集合しろってさ」
「まだ夜中だぜ、こんなに早いのなら俺は魚を諦めてもいいな」
「そんな事はいいから」
アーリアはとうとう俺の身体を揺すり始めたが、昨日失った魔力が完全に戻っていないのだからもう少し眠っていたい。
薄目を開けるとアーリアの頭の上にはムックがいて、器用にその体勢で眠っているようだ。
(魔狼としてのプライドは無いのかよ)
「全員集合するんだ~早くしろ」
テントの近くで大声で叫びながら歩いている兵士の声が聞こえてきたので、もう諦めるしかない。
「ほらっもう起きないと」
「分かったよ、そんなに魚釣りが楽しいのかね」
◇
食堂の中では魚釣りの支度を済ませた兵士が大勢いると思ったが、半分の兵士は寝ていた格好のままで集まっているので、どうやら参加しない者達も起こされてしまったようだ。
「静かにしろ、帝国の騎士殿には申し訳ありませんが私達の中では私が責任者となりますのでここは仕切らせて貰います」
キツネ型獣人族のニーノが緊張した面持ちで騎士や兵士達を見渡すと誰もが只の魚釣りではない事を察知して張り詰めた空気が漂ってきた。
「私の元に王都から連絡がつい先ほど入り、この平原の西の先にある里や村が襲われてしまったそうだ」
いきなりの報告に獣人族の兵士が立ち上がるが、ネストレ隊長がわざとらしく咳をすると誰もがまた席に座り始めた。
「情報によると里や村を襲ったのはリザードマンとオーガの連合軍と言う事だ」
(んっ、魔族と爬虫類型獣人族は仲が良いのか)
私と同じように疑問に思った兵士がニーノにその事を質問するが、それに答えられるだけの情報はニーノの元には入ってこなかった。
「え~先、申し訳ありませんが帝国の皆様は一度王都に戻って下さい。宰相が貴国の手配をしているそうなのでその指示に従って下さい」
「そんな事より、連合軍なんてよくある事なのか」
「いえ、私の記憶の中では魔族が他種族と行動をするなんて初めてではないでしょうか」
(その事はリシオの記憶を持っている私にはよく理解出来る。魔族は自分の種族だと辛うじて信用する程度なので魔族同士でも滅多に一緒に行動がする事が無いのに、他種族と一緒に連合軍を組なんて考えられない)
「それで勝てるのか}
「分かりません。ただこれから向かう砦でこれ以上の進攻を防げとしか言われていません」
防げという事は、勝つ可能性がかなり低いように思える、
「ニーノ君、私達も助っ人をするよ、王都にそのように連絡してくれるかい」
騎士らしくネストレ隊長が胸を張って行ってしまったが、そうなるとそれに私達も付き合わされてしまうのだろうか。




