第六十話 訓練開始
何がどう転んだらこうなってしまったのだろうか、私の隣にはアーリアが寝転んでいてその後ろではムックが退屈そうに座っている。
『……えていますか、聞こえていますか』
手前に置いてある黒電話のような魔道具から私を呼ぶ声が聞こえてくる。ただ受話器のような物は外れる事はなく、そのままでその魔道具に話し掛けた。
「えぇ聞こえていますよ、始まるんですか」
『あぁそうだ、さっきのように魔法の矢を放ってくれ、間違っても怪我させるなよ』
「了解です」
【混沌の弓】を構え、何の威力も無いただの【光の矢】を私達に向かってくる一角馬部隊の中心に向かって放つ、【光の矢】に触れた獣人族の兵士は自己申告で脱落となり、それ以外の兵士は私達の後ろにある旗を奪う為に駆けてくる。
「そろそろ此処迄来るかな?」
「そうだな、最初に比べて予測をするようになったから来るかもな、あっ不味い……リプレイ」
アーリアと話したせいで数本の矢が通常になってしまい、兵士の胸を貫いてしまった。叫び声が聞こえる中で何度目かの【リプレイ】をして私のミスを無かった事にする。
次は集中して安全な【光の矢】を放って行くが、中央が簡単に脱落したのでまたしても此処迄やってくる兵士は一人もいなかった。
『また休憩していてくれ、今の反省会をしたらまた連絡するから』
「了解しました。あの場合は中央に集まるんじゃなくて分散した方が狙い難かったと伝えて下さい」
『そうだな、次はそっちに到着するようにするさ』
リーボルト王国の国王レンゲルの依頼でエマールン帝国の騎馬隊が獣人族の一角馬隊を鍛えているが、個人行動が好きな獣人族はまとまって戦うのが苦手らしく思うように訓練は進んでいない。
見本を見せた帝国の騎馬隊は多少の犠牲はでたものの、初回で旗を奪う事に成功したので私自身が驚いてしまった。
たった15頭しかいないので余裕で倒せると思っていたあの頃の自分が恥ずかしい。
「暇だなぁ」
「もう三日も同じ事を繰り返しているからな、少しは進歩しているんだけど少しだからね」
「ぐぅ~ごっ」
隣にいるムックはもう限界を迎えてしまったのか腹を出していびきを上げながら眠ってしまっている。子犬の姿で寝ているので微笑ましい姿だ。
「あのさ、クヌートは上手くやっているかな」
「向こうに着くまで船の上で叩き込まれているだろうな、オスカリさんはかなり期待しているみたいだったしな」
此処にいる者達以外はエマールン帝国に向けて帰っている。ただ子爵と御付きの憲兵は何処かの牢獄に収監されてしまっているがそれが何処なのかは聞かされていない。
本当だったら私達もオスカリ達と一緒に帰国するはずだったが、国王から直々に言われてしまったので騎馬隊と一緒に訓練に参加する羽目になってしまった。
『……えるか。聞こえるか』
この魔道具はたまに最初の言葉が聞こえないのでどうしてもこうなってしまう。
「聞こえますよ、もう始まりますか」
『あぁそうなんだが、彼等は我々の指示が不満の様でな、いつものやり方を試したいと言うんだがいいか』
「いいですけど、そんな我儘を言うならこっちも本気を出しますけどいいですか」
『あぁ好きにしてくれ、この一回で今日はもう終わりにしよう』
とうとう獣人族の兵士達は我慢の限界が来たようだ。せめて裏を狙う作戦があれば面白いけど一角馬隊は横一列に広がって地鳴りを鳴らしながら最高速度で此方に向かって来ている。
【混沌の弓】をゆっくりと構えて【光の矢】を放つ、向こうの速度が速いので連射する羽目になったが真っすぐ向かってくるのでそれ程当てるだけなら難しくはない。
もしこれが本当の戦いだったら矢を受けたとしても、生きている限り向かってくるはずなのでそれで終わる事はないはずだが、このルールでなら今までに一番早く全滅させる事が出来た。
『お疲れさん。今日はこれで終わりにしよう。こっちに来てくれ』
「了解です」
歩きだすと地面が揺れたように感じてよろめいてしまう。
『ご主人様、お疲れでしょうからお乗りください』
『あぁそうしてくれると助かるよ』
魔狼に戻ったムックの背中に乗り、集合している場所に行くとエマールン帝国の騎馬隊隊長であるネストレが獣人族の兵士に説教をしている最中だった。
一角馬隊の兵士達がベテランであったのなら、そこまで厳しい言葉を選ばないと思うが、比較的に若い兵士が集まっているのでネストリの指導に遠慮は存在していない。
「丁度いい所に帰って来たな、ほらっお前らも良く彼の姿を見るんだ。魔術師は永久に魔法が撃てるのでは無いと分かるだろう、避けながら魔力を削って行くのも作戦だ。考えて行動しないと死ぬんだぞ」
あまり人には見られたくは無いが、どんなに強力な魔法が放てても魔力切れを起こせば全く使い物にならないと分かってくれればいい。




